第3話 田中、剣を磨いでもらう

 カフェでの食事を終えた俺達は、スカイツリーのそばにある、とある場所に来ていた。

 少しレトロな店が並ぶその商店街は、俺がよく訪れる場所だった。


「すごい。武器屋がたくさんあります……!」


 目を輝かせながら星乃が言う。

 彼女の言う通り、この商店街には武器や防具など、探索者の必需品が売っている店がところ狭しと並んでいた。

 星乃は大手の作った量産品を使っているみたいだから、こういう個人経営の店に来たことはないみたいだな。


「ここはかっぱ橋武器街。都内では最大規模の武器商店街だ。大手企業の作った武具より高めだけど、職人が一から作っている分、自分の体によく馴染む。今日は星乃の武器をここで作ってもらおう」


 歩きながらそう説明すると、星乃はパッと嬉しそうな顔をしたあと、落ち込んだ表情を見せる。


「あの、新しい武器はとっても嬉しいんですけど……お金に余裕がなくて……」

「それは気にしなくても大丈夫だ。この前手に入れたマウントドラゴンの素材を多めに握らせるからな。星乃は一円も払わなくて大丈夫だ」

「え、ええ!? 本当にいいんですか!?」


 星乃は大きな声を出して驚く。

 武器はかなり高価な代物だから、それが無料ただとなれば驚くのも無理はないか。


 俺は社畜時代、武器に一円も払ってなかったからこれが普通に思えてしまう。

 ちなみに会社ギルドは一円も払ってくれなかった。こっそり拾った素材を貯めておいて、物々交換的に武器の修理や改良をしていたんだ。


 改めて考え直すとブラック過ぎる。洗脳が解けて良かった……。


「……と、ここだ。ここが俺の行きつけの武器屋だ」


 俺は商店街の端っこにある、古びた建物の前に足を止める。

 看板には達筆で『志波鍛冶店』と書かれている。店の外観こそ古くて心配になるけど、腕前は確かだ。

 腕のいい職人がたくさんいるこの商店街の中でも、俺がもっとも信頼している鍛冶師がここにはいる。


「凛もここに来るのは初めてだったか」

「そうですね。私の使っている武器は討伐一課の支給品ですので」


 凛はこくりと頷く。

 政府支給品も堂島さんが選定しているだけあって質はいい。だけど最高品質までとはいかないから、今度凛の武器も見繕ってもいいかもな。


 俺はそんなことを考えながら、ガラガラと引き戸を開け中に入る。


「お邪魔します」

「……ん? お客かい?」


 中に入ると、武器の山をごそごそと漁る背中が目に入る。

 すすを体のあちこちにつけたその人は、振り返って俺のことを見ると、嬉しそうに口角を上げる。


「誰かと思えば田中の坊やじゃないかい! 元気してたかい?」


 そう言って彼女……志波しばかおるさんは大きな皮のグローブをつけた手で俺の背中をバシバシと叩く。彼女なりの愛情表現なんだけど、結構痛い。


「お、おじゃましまーす……」

「お邪魔します」


 俺に続いて星乃と凛が店内に入ってくる。

 すると彼女たちを見た薫さんは、背中を叩く強さを上げる。


「なんだいこんな可愛い子たちを連れて来ちゃって! あんたも隅に置けないねえ!」

「薫、さん、背中、折れ、る」


 骨がミシミシと軋んできたので、俺は一旦距離を取って回避する。

 堂島さんといい、上の世代のスキンシップは過激すぎるんだよなあ。


 ちなみに薫さんも覚醒者であり、元探索者だ。

 俺の師匠の橘さんの古い知り合いで、昔は二人でダンジョンに潜っていたこともあるらしい。俺も橘さんの繋がりで薫さんと知り合い、ずっと武器の世話をしてもらっているんだ。


「星乃、凛。紹介するよ。俺の知り合いでいつも武器の調整をお願いしている志波薫さんだ」

「よろしくね二人とも。かわいい子にはたくさんサービスするよ」


 快活な笑みを浮かべる薫さん。

 星乃と凛は彼女に自己紹介をして、仲を深める。まだ二人とも少し緊張している感じだけど、薫さんは面倒見のいい人だからすぐに慣れるだろう。


「あの、薫さんは鍛冶師をやられているんですか?」

「ああそうだよ。じゃなけりゃこんな可愛くない格好なんかしないさ」


 星乃の問いに、薫さんが答える。

 薫さんは皮でできた大きなエプロンとグローブをつけている。魔物の素材でできたそれは、ダンジョンの鉄を溶かすほどの高熱にも耐えることができる。


「す、凄いです! 女性で鍛冶師なんて格好いいです!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか唯ちゃん。好きな武器一個あげようか?」


 思わぬ言葉に星乃は「ええ!?」と困惑する。

 これ以上放っておくとややこしくなりそうなので、口を挟む。


「薫さん。くれるのもいいですが、今日は彼女の武器を作りに来たんです。これを使ってね」


 俺はポケットからビジネスバッグを取り出し、更にその中から巨大な脈動する岩の塊を出し、店内の大きな机に乗せる。

 それを見た薫さんは「へえ」と嬉しそうに笑みを浮かべる。


「マウントドラゴンの心臓……それもかなり上等なものだね。異常成長個体ってところかい?」

「さすがです。今日はこれを使って星乃の武器の制作と、俺の武器の調整もお願いします」

「わかった、任せな。支払いはいつもの素材払いだね?」

「はい、いつもすみません」


 本当ならお金をちゃんと払ったほうが、薫さん的にも助かるだろうけど、残念ながらそれだけのお金を今は持っていない。

 ちゃんと稼げるようになったら今までの分もたくさんお金を使わないとな。


「いいよ。田中の持ってくる素材はいい品質もんばかりだからね。さ、武器を渡しな」


 俺は自分の剣と、朝に預かっておいた星乃の剣も薫さんに渡す。

 薫さんは二つの剣をじっくりと観察する。その目は一流の職人のそれだ。


「唯ちゃん、この剣はまだ使えるから、これをベースにして新しい剣を作ろうと思う。いいかい?」

「は、はい! お願いします!」

「ありがとう。いい剣にするから少しだけ待ってておくれ」


 そう言って薫さんは星乃の剣を特殊な炉に入れる。

 そして薫さんは次に俺の方を見る。


「あんたは剣を酷使し過ぎだよ。こんなに硬い剣なのに刃先がボロボロだ。どんな使い方をしたらこうなるんだい? マウントドラゴンを真っ二つにしたんじゃないだろうね?」

「はは、いやまさか……」


 俺は全力でしらばっくれる。

 薫さんは怒らせると怖いからな……。


「まあでもこれくらいだったらすぐ直るよ。それまであれで腕試しでもしているといい」


 そう言って薫さんは店内の一角を指す。

 そこには大きな竜の鱗が地面に固定されていた。その近くには武器がいくつか立てかけられている。


「あれは……?」

「腕試し用の鱗さ。あれを近くに置いてある武器で真っ二つに切ることが出来たら景品をあげるよ」

「へえ、面白そうですね」


 置いてある鱗は青く輝いている。

 多分あれは『サファイアドラゴン』の鱗だな。かなり硬い鱗のドラゴンだ。


「景品だって! 私たちもやりましょうよ凛ちゃん!」

「あ、ちょっと待ってください」


 星乃は楽しそうに凛の手を取り鱗の前に行く。

 どれどれ、俺も行ってみるとするか。

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