第2話 田中、一口もらう

 俺たちは星乃の案内のもと、近くにあったカフェの中に入った。


「ねえ見てよあの二人……」

「え? 顔小さすぎ……モデルさんかな……?」


 星乃と凛は外でも店の中でも注目を浴びた。二人とも可愛い上にスタイルもいいからな。並んで歩けば目立つのも当然だ。


 ちなみに俺は気配を極限まで薄めているのでまだ見つかっていない。SNSに出現情報を晒されて一度騒ぎになっているから、人目の多い場所ではそうしている。


 そのせいで店では俺だけ水を出してもらえなかった。俺の気配操作技術の高さがこの時だけは憎い。


「さ。好きなものを頼んでくれ。遠慮しないでいいぞ」

「えっと……じゃあこの『スカイツリーパフェ・タイラントドラゴン盛りストロベリー味』にしてもいいですか……?」


 星乃が選んだのは、まるでスカイツリーのような大きさを誇る巨大なパフェだった。

 そしてタイラントドラゴンの名を冠すに相応しいトッピングの量だった。値段も当然ドラゴン級。今の俺にはかなりキツい。


 星乃も若干遠慮気味に聞いてきている。

 だけどここで「ちょっと……」と言うのはあまりにもダサい。俺は親指を立てながら「当然だ。好きなものを頼んでくれ」と言う。大人を演じるのも大変だ。


「凛はどれがいいんだ?」

「えーと……では私も星乃さんと同じもののメロン味でお願いします」

「オッケー、わかった」


 了解した俺は、消していた気配を戻して店員さんを呼ぶ。

 二人のを注文した後、俺はコーヒーのみを頼む。甘いのは好きだけど……これ以上無駄遣いはできない。


「凛ちゃんって凄い綺麗な髪をしてますよね? なにか特別なことをしてるんですか?」

「いえ特になにもしてませんが……」

「天然でこんなにサラサラしてるんですか!? いいなあ、うらやましい」


 二人は女子っぽいトークに花を咲かせている。

 店に来るまでの間に星乃は凛のことを凛ちゃんって呼んでるし、仲良くなるのが速い。凛も少し戸惑ってはいるけど、時折楽しそうに笑っている。


 歳も同じだし、二人とも覚醒者だから通じあうところがあるんだろうな。


「ところで急に呼んだけど……大丈夫だったか? 討伐一課は忙しんじゃないのか?」

「そうですね。忙しいですが、今日は大丈夫です。最近はモンスター以外の事件も多いので、出動がかかる可能性はありますが……」


 俺の問いに凛が答える。

 討伐一課はモンスターを相手にするのが仕事だ。普通の凶悪犯は警察が相手にする。


 ただ、その凶悪犯が覚醒者であればその限りではない。

 普通の人間では武装していても覚醒者には勝てない。そういう時は覚醒者を多く有する魔対省に応援要請が出るんだ。


 最近はダンジョンを崇拝する怪しい宗教団体や、ダンジョンは全部壊せという過激派政治団体もいて、色々カオスだ。そいつらを相手にしている堂島さんの心労は計り知れない。


「人間も相手にするなんて大変だな。あんまり無理するなよ?」

「これが仕事ですから。泣き言は言っていられません」


 そう頼もしく凛は言う。見ない間に本当に頼もしく育ったな。

 と、そんな風に会話していると、「お待たせしました!」と言いながら店員さんがやって来る。手にしたお盆には、高さ50cmはある馬鹿でかいパフェが二つ。なんてデカさだ……。


「スカイツリーパフェ・タイラントドラゴン盛りのストロベリー味とメロン味です! 崩れないよう、気をつけてお召し上がりくださいませ!」


 二人の前に置かれる巨大なパフェ。

 星乃は「わあ! おいしそう!」とパシャパシャと写真を取り、凛は「おお……」と目を光らせてスプーンを握っている。

 こんなに喜んでくれるなら財布を軽くする甲斐があったというものだ。


「田中さん! 食べていいですか!?」

「もちろん。遠慮しないで食ってくれ」


 そう言うと「いただきますっ!」と言いながら星乃が美味しそうに生クリームの山を頬張る。凛も「い、いただきます」とそわそわしながらパフェの山を切り崩していく。


「おいしい~♡」


 一口ごとに感想を言う星乃とは対象的に、凛は黙々とパフェを口に運んでいる。

 まるでフードファイトをしているかのごとき食いっぷりに、俺は心配になる。


「凛、大丈夫か?」

「…………あ、すみません。つい夢中になってしまいました


 俺の言葉に遅れて気がついた凛は、すこし恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 かわいいな。こいつめ。


「そんなに甘いものが好きなんて知らなかったよ」

「訓練生だった時は禁じていましたから、無理もありません。今はたまに食べてるんですが……こんな大きな物を食べるのは初めてでして。少し夢中になってしまいました」


 討伐一課には歳の近い同性もいないから、こうやって休日外で甘いものを食べる機会もないか。天月も忙しいし一緒に外出は難しいだろう。今回連れてこれてよかったな。


「夢中になってくれるくらい気に入ってくれて良かったよ」


 そう言ってコーヒーを口にすると、星乃が「あ」となにかに気づいたように言う。


「自分ばかり食べてしまってすみません! 田中さんも食べたいですよね? ど、どどどどうぞ!!」


 そう言って星乃はなんと一口分のパフェをスプーンですくって俺の前に出す。

 いわゆる「あーん」というやつだ。突然のことに俺は硬直する。


「い、いや、いいのか? 無理しないでも……」

「ぜ、全然全然大丈夫ですので! 一思いにどうぞっ!」


 星乃は混乱しながらも固い意志でスプーンを俺に近づける。

 間接キスごときで慌てるなと足立辺りにからかわれそうだけど、中卒で働いてきて女性とロクに絡んでこなかった俺には刺激が高すぎる。


 この前天月に凄い経験はさせられたけど……あれはまだ自分の中で消化しきれていない。慣れろと言われても無理な話だ。


「えっと、じゃあ……一口だけ」


 意を決した俺は、星乃が差し出したそれをぱくりと食べる。

 うん……美味しい。酸味と甘さのバランスが丁度いいな。と、そう冷静に分析したけど、美味しさよりも恥ずかしさが勝つ。


「ど、どうでしたか?」

「美味しかったよ。とても」

「えへへ、それは良かったです」


 嬉しそうに笑う星乃。

 こんなこと何回もできないな……と思っていると、俺の前にもう一つスプーンが差し出される。


「先生。こっちも美味しいですよ」


 ずい、と身を乗り出しながら凛が俺に食べさせようとしてくる。

 あ、圧が凄い。有無を言わせぬこの感じは天月譲りだ。


「いや、でも」

「どうぞ」

「……はい」


 すぐに根負けした俺は、凛の差し出したメロンパフェを口にする。

 うん、こっちもとても美味しい。メロンの甘さとクリームの甘さが合わさって口の中がとても幸せになる。


 それはいいんだけど……やっぱり恥ずかしい。

 特に凛は教え子だし、本当にこんなことしていいのかと悩む。まるで浮かれたカップルじゃないか。


 そう思いながら凛を見ると、なんと彼女は挑発するような視線を俺に送りながら、俺に見せつけるようにスプーンに残ったクリームをぺろ、と舐め取った。


「――――っ!?」


 凛の横に座っている星乃からは見えないだろうけど、正面にいる俺にはしっかりと見えた。


「どうしましたか? 先生」

「い、いや……なんでもない」

「ふふ、そうですか」


 薄く笑みを浮かべる凛。その頬はほんのり赤くなっている。

 俺はこの時、この前との天月とのあれ・・を思い出していた。まさか二人揃って俺のことを……なんて、ありえないよな?


「いや、でも、しかし……」


 俺は頭を抱えるけど答えは出ない。

 武器を失った状態でタイラントドラゴンとタイマンを張った時の方が気が楽だったぞ。物理で解決できない問題は苦手だ。


「田中さん。いったいどうされたんでしょうか?」

「ふふふ。さて、どうされたんでしょうね」


 結局二人が食べ終わるまで、俺は一人悶々と悩むのだった。

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