第11話 田中、帰る

「ええと……ここを押しゃいいんじゃったっけ」

「右のボタンです大臣」

「お、こっちか」


 大臣がカメラを操作すると、配信が終わる。

 ふう、まさか堂島さんと戦うことになるなんて思わなかった。疲れたけど……まあいい経験になったかな。


「悪かったのう田中、こんなに付き合わせてしまって。仕事の依頼をする時、色をつけるから許しとくれ」

「構いませんよ堂島さん。おかげで誤解も解けましたからね」


 自分で動画加工の誤解を解くのは難しかっただろう。

 堂島さんには感謝しなくちゃな。


「おお、じゃあさっきの勝負はワシの勝ちということでよいか?」

「駄目に決まってるでしょう。あれは俺の勝ちですからね」

「むう、ケチじゃのう」


 堂島さんは口をとがらせる。まだ勝敗のことを気にしているなんて、本当に負けず嫌いな人だ。

 まあでもこういう子どもっぽいところがあるのも、この人が好かれる理由なんだろうな。


 と、そう思っているとSPの木村さんが近づいてくる。


「今日は非常に勉強になりました。自分の未熟を思い知りましたよ」

「こちらこそいい勝負でした。ぜひまたお会いしましょう」


 そう言って俺は新しく作ったDチューバーとしての名刺を木村さんに渡す。すると木村さんも俺に「なにかあったら連絡をください」と名刺を渡してくれた。

 これで警視庁とのコネもできたな。しんどそうな仕事が多そうだけど……繋がっていて損はないだろう。


「おう田中、面白そうなことをしちょるのう。ワシもワシも」

「わ、わかったからちょっと待ってください」


 仲間はずれにされたと感じたのか、堂島さんが割り込んで名刺を出してくる。

 金色の紙に達筆で「堂島龍一郎」と書かれている。名刺まで癖が強いな。


「さて、練兵場ここの片付けもせんといかんし、今日はこれくらいにしておくか。絢川、田中を送ってやれ」

「かしこまりました」


 堂島さんの命を受けて、凛が返事する。

 気がつけばもういい時間だ。色々会ってあっという間に時間が過ぎたな。


「仕事の件は追って連絡する。それと今度飯でも行こうじゃないか、近くに美味い寿司屋があるんじゃ」

「ええ、分かりました。楽しみにしています」


 最後に堂島さんに一礼して、俺は凛のもとに行く。


「それじゃあお願いできるか?」

「はい。参りましょう先生」


 こうして俺は凛とともに堂島さんのもとを去るのだった。



◇ ◇ ◇



「……さて、片付けでもするかのう」


 田中が去ったのを見届けた堂島はそう呟く。

 練兵場の中は酷く散らかり、破損している箇所も多い。このままでは特訓などできたものではない。


「伊澄ちゃん、あれをお願いできるか?」

「はい。かしこまりました」


 堂島の秘書、伊澄由紀はそう言うと、大きくえぐれた壁に向かって手をかざす。

 するとその手に光の粒子のようなものが集まりだす。


修復リペアオール


 伊澄がそう口にすると、彼女の手から光の粒子が放たれ、壊れた壁に吸い込まれていく。

 するとみるみる内に壊れた壁が修復されていき、元の状態に戻っていく。それを見た練兵場で特訓していた人たちは「おお……」と声を漏らす。


「さすが伊澄ちゃん。見事な魔法・・じゃ」

「恐縮です」


 伊澄は謙遜して頭を下げる。

 彼女が今使ってみせた『魔法』は、覚醒者の中でも限られた者しか使うことができない。

 その中でも治癒の力を持つ『ヴァイス』の属性を使える者は更にごく僅か。もし探索者になっていればどのギルドも彼女を欲していたであろう。


「それじゃあその調子で床も頼めるか? すまんの、いつも後始末を頼んでしまって」

「気にしないで下さい。私はその為にいるのですから。それより……大臣を先に治した方がよろしいのではないですか?」


 目を細めながら伊澄は言う。

 すると堂島は「あ、バレた?」と茶目っ気を出しながら言う。


「当たり前です。早く診せてください」

「やれやれ、伊澄ちゃんには敵わんのう……」


 堂島はそう言いながら服をめくり、自分の左脇腹を露出させる。

 少し前に田中が練習用の剣で思い切り叩いたその箇所は、なんと真っ赤に腫れ上がっていた。


「おー、いちち。あいつめ、老人を思い切り殴りおってからに」

「大臣がけしかけたんじゃないですか……自業自得です」


 呆れたように言いながら、伊澄は堂島の怪我を確認する。


「骨が何本かいってますね。内臓は無事のようですが」

「ワシの鋼の腹筋を貫くとは大したもんじゃ。本気で肉を締めねば内臓が破裂していたじゃろうな」


 がっはっは、と笑う堂島。

 その顔は楽しげであった。


「ずいぶん嬉しそうですね大臣」

「若者の成長以上に喜ばしいことなど存在せんからのう。あ、でも勝ったと思われるのは悔しいからこの怪我は黙っとってくれよ?」

「はいはい。わかりました」


 優しげな笑みを浮かべながらそう答えた伊澄は、魔法で堂島の怪我を治し始める。

 堂島は治療を受けながら田中との勝負を思い返す。


「師を超えるか田中。お主ならもしかしたら……あの因縁のダンジョンを踏破できるやもしれぬな」


 いまだ踏破されない皇居直下ダンジョンのことを思いながら、堂島は一人そう呟くのだった。

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