第12話 田中、感謝される
「相変わらずとんでもないジジイだったな……」
凛とともに魔対省から外に向かいながら、俺は一人呟く。
大臣になって少しは丸くなったかと思ったけど、あの人は昔のままだった。仁義に厚くて豪快で負けず嫌いで……何も変わっていなかった。
最後の一撃もいいのが入ったと思ったけど、あんまり効いてる様子がなかった。
俺もまだまだだな。
などと考えていると、あっという間に魔対省の入り口にたどり着く。
凛は立ち止まり、俺を見送る。彼女もいまや討伐一課のエース、俺と違って仕事も多いんだろう。
「……先生。今日は楽しかったです」
「ああ、色々ありがとな。俺も楽しかったよ」
そう言うと凛は「あの……」と何か言いよどむ。
いったいどうしたんだろうか。
「どうした?」
「えっと、あの先生は『帰還者』、なんですよね?」
「ああ……そうだ。堂島さんの言った通りだ」
俺が皇居直下ダンジョンの生還者、俗に言う『帰還者』であることは本当に数人しか知らなかった。教え子である凛にもそのことは黙っていた。
困惑して当然。もしかしたら裏切られたかと思われているかもしれない。
あのジジイめ……。
「黙っていて悪かった。凛のことを信用してなかったわけじゃないんだ。ただ……あのことは中々自分の中で受け止めきれてなくてな」
無事生還することができた俺だけど、大切な仲間と師匠を失ってしまった。
その悲しみを忘れるために俺は今まで以上に仕事に没頭したんだ。その結果気づけば一人で深層に潜るようになっていた。
あれは須田のせいもあるけど、自暴自棄になった俺のせいというのもあるんだ。
「そんな、謝らないでください。私は先生に感謝しているんです」
「感謝?」
想像していなかった言葉に俺は首を傾げる。
てっきり黙っていたことでショックを受けているのかと思った。
「先生も知っての通り、私は皇居大魔災で家族を失いました。あの時のことは今でも鮮明に思い出せます。怖くて、寂しくて……胸が押し潰されそうでした」
皇居のダンジョンからモンスターが大量に外に溢れ出した時、凛はその被害をすぐ近くで受けた。覚醒者でもなく、まだ幼かった凛にとってそれがどれほど怖かったか。
俺には想像もつかない。
「避難施設で保護されてからもずっと泣いてました。そんな私が泣き止み、前を向くことができたのは……あのダンジョンが攻略されて、モンスターが出てこなくなったあの日なんです。帰還者のみなさんは私にとって
その時のことを思い出したのか、凛の目から一筋、光るものが流れ落ちる。
「先生。本当にありがとうございます」
凛は急にタッと駆け出すと、俺の胸に飛び込んでくる。
俺はそれを「おわっ」と慌てながらも受け止める。凛の小さな肩は小刻みに震えている。
まさか凛が帰還者にたいしてそんな風に思ってくれていたなんて。
俺はまだ俺に体重を預けてくる彼女のさらさらの髪を優しくなでて落ち着かせる。周りの人の目がかなり痛いけど、我慢だ。
今は凛の気持ちに寄り添うのが一番大事だ。
「先生は私にとって師匠で、大切な人で……
凛はそう言ってしばらく俺の胸に顔を埋めた後、ゆっくりと離れる。
その顔にはもう涙はなく、いつもの彼女に戻っていた。
「……すみません、人前で醜態を晒してしまいました」
「別に構わないさ。むしろ珍しい凛の姿が見れて得したくらいだ」
そう茶化すと、凛は「ふふ」と一瞬だけ笑みを浮かべる。
普段が無表情なだけにその笑みはとても魅力的に映る。
「こっちこそありがとうな、凛。そんな風に思ってもらえるなら、あの時頑張った甲斐があったよ」
あの日、ダンジョンに潜ったことを後悔したことは数え切れないほどある。
だけどあれで救われた人がいるなら、辛い思いをしたことにも意味が見出せる。バラしてくれた堂島さんに感謝だな。本人には言わないけど。
「それじゃあそろそろ行くぞ。また会おうな凛」
「え、あ……はい」
去ろうとした瞬間、凛の手が数秒空中をさまよう。
すぐに引っ込めたけど、凛は寂しげな目をしていた。口には出さないけど、もしかしたらもう少し一緒にいたいのかもしれない。
俺のことを歳の離れた兄のように慕ってくれているんだろう。だとしたら少し会っただけでお別れするのも可哀想だ。
とはいえ今日はいい時間だし、凛にもやることがあるだろう。
俺は少し考え……名案を思いつく。
「そうだ凛。次の日曜は空いてるか?」
「えっと……はい。おそらくその日は空いているかと」
「だったら一緒に買い物でも行かないか? 他にも一人来るんだけど」
そう尋ねると、凛は少し逡巡した後、「行きます」と言う。
「あ、無理しなくてもいいからな? その人は初めて会う人だろうし」
「いえ、行きます。少しでもチャンスがあるなら見逃したくないので」
「そ、そうか」
発言の意味はわからないけど、ひとまず乗り気みたいだ。
もう一人の方にも連絡しとかなくちゃな。
「それじゃあまた連絡するよ。アドレスは変わってないか?」
「はい。いつ先生から連絡が来てもいいように変えていません」
「はは、そりゃ光栄だ」
凛は相変わらず表情を一切変えずジョークを飛ばす。
面白い奴だ。
「それじゃあまた日曜に」
「はい。指折り数えてお待ちしてますね」
本当に楽しみそうな表情を浮かべてくれる凛と別れて、俺は帰路につくのだった。
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