第9話 田中、一本取る

「――――橘流剣術、ひらめき


 俺は上層に生息するモンスター、グレイウルフとすれ違いざまに技を繰り出す。

 放たれた斬撃は二発。狙い通り首と腹部を斬り、グレイウルフを倒すことには成功する。……だけど俺は納得がいっていなかった。


「……こんなんじゃ駄目だ」

「そうかい? 私は結構いい線いってると思うけどねえ」


 そう言いながら近づいてきたのは俺の師匠、たちばな希咲きさきさんだった。

 腰まで伸びたポーニーテールが特徴的なこの人は、探索者の中でも最強と名高い有名な人だ。見た目は普通の気の良さそうなお姉さんだけど……この人の強さは俺がよく知っている。


「橘さんの『ひらめき』は十発以上斬ってるじゃないですか。でも俺のは二発……とても及びませんよ」

まことの剣が橘流に向いていないのかもしれないね。君の剣は『剛』の剣だから。十年くらい柔軟運動をかかさなければできるようになるさ」


 そう言って橘さんは「ほっ」と右足を真上に上げてI字バランスを取って見せる。

 軟体動物のように柔らかい体に俺は感心する……って、この体勢はかなり色々きわどくないか? 年齢的にはまだ高校生の俺には精神衛生上よくない。


「師匠、色々見えそうです……」

「おや、色気づいちゃってかわいいねえ」

「か、からわないでください!」


 そう言うと橘さんは面白そうに「わかったわかった」と笑う。弟子入りしてからというもの、この人にはからかわれっぱなしだ。


「いったい俺はどうすれば……」

「慌てる必要はないさ誠。確かに今、橘流を使うことは難しいかもしれない。なら橘流を自分風にアレンジすればいい」

「アレンジ、ですか?」


 首を傾げる俺に「ああ」と橘さんは頷く。


「君にはもう橘流の基礎を叩き込んである。後はそれを『剛の剣』に改造アレンジすればいい。君は私が認めるほど筋が良い。すぐにできるようになるさ」

「橘流をアレンジですか……でもそしたら何流になるんですかね?」


 柔の剣である橘流を剛の剣に変えてしまったら、それはもう別の流派だ。

 そのことを尋ねると、橘さんは少し考え口を開く。


「うーん……『田中流』とか?」

「いやそれはダサいですよ」


 全国の田中姓には悪いけど、それは名乗りたくなかった

 橘流という名前がかっこいいだけに落差が凄い。


「注文が多いねえ。しかし姓が駄目だとなると……我流剣術、とか?」

「それはいいかもしれませんね。元にしてる流派があるのに我流とか名乗っていいのか分かりませんが……」

「はは、師範の爺ちゃんは怒るかもしれないけど、私は気にしないよ。名前が変わったとしても私の剣が続いていくのは嬉しい。ほら、私は世継ぎを作れないからね」


 橘さんは目の奥に少し悲しさを滲ませながら言う。

 剣の才能は凄まじい橘さんだけど、彼女の体は子を作れない体だった。そのことを家族は責めはしなかったらしいけど、代々剣術を受け継いできた家系の一人娘である橘さんは責任を感じて苦しんでいた。


 まだ子どもの俺に才能を見出し、技を教えたのはその後ろめたさから来るのかもしれない。


「……橘さん。確かに俺はまだ橘流を使えません。でも絶対に使えるようになって、後に繋ぎます。だから安心して下さい」

「誠……ふふっ、本当に君はいい子だね」


 そう言って橘さんは俺の頭をなでる。

 恥ずかしさと嬉しさが混ざった感情を覚えた俺は「子ども扱いしないでくださいよ!」と手を振り払う。本当はもう少しなでてほしかったのは内緒だ。


「誠がそう言ってくれるなら……救われるよ。でも重荷には感じないでいい。君は君の剣の道を進んでいいんだからね」


 そう言ってはにかむ橘さん。

 このやり取りから少しして……橘さんは皇居直下ダンジョンで帰らぬ人となった。


 あの事件から七年の月日が経って、橘さんのことを覚えている人も減ったけど、俺はあの人のことも教えてもらった剣技も絶対に忘れない。


 この剣が継承されている限り、橘さんはまだ生きていると胸を張って言えるから。



◇ ◇ ◇



「……この技を使うと、あの人のことを思い出してしまうな」


 手に残る技の感触を味わいながら、俺は呟く。

 すると次の瞬間「一本!」と伊澄さんのよく通る声が練兵場に響く。


 ふう、ひやっとする場面もあったけどなんとか勝てたみたいだ。

 顔を上げると観戦していた人たちが一斉に拍手して歓声を送ってくる。そういえば見られていたんだった。集中していて忘れていた。


"シャチケン最強! シャチケン最強!"

"な、なにを言ってるか分からねえと思うが分からない内に終わってた"

"最後なに起きた? シャチケンの剣消えなかった?"

"俺もそう見えた"

"巻き戻してスロー再生したけど分からんw"

《kanade》"あれは背中で剣を持ち替えているわね。あまりにもスムーズだから剣が消えているように見えるの。それにしても堂島さんに勝つなんて……さすがね。惚れ直したわ"

"剣に自信ニキおって草"

"それっぽい説明やな"

"てかこの人、討伐一課の天月奏じゃね?w アカウント名kanadeだし、あの人田中と顔見知りだし"

"名探偵現る"

"うっそ、マジ?"

"確かに須田が出た配信であの人出てたな。知り合いだったか"

"そういや二人が幼馴染みだってゴシップ記事出てたぞw こりゃガチだろw"

《kanade》"……黙秘権を行使します"

"ガチでガチっぽくて草"


 なにやらコメントが盛り上がっているな。

 楽しんでもらえたみたいだ。


「最後の一撃、よかったぞ田中」

「堂島さん」


 堂島さんが俺の方を振り返る。その顔は晴れやかだ。

 超が付くほどの負けず嫌いな堂島さんだけど、今回は素直に勝ちを譲ってくれるみたいだ。そう思っていたけど……


「いやあ実に見事! まさかこのワシと引き分け・・・・るとはのう!」

「……え?」


 思わぬ言葉に俺は聞き返す。

 さっきのはどう見ても俺の勝ちだった。堂島さんの剣は俺にかすってもいなかったはずだ。


「ほれ、それ・・を見てみんか」

「それ?」


 堂島さんの視線をたどると、そこには俺が握る剣があった。

 刃のない試合用のその剣は……なんと綺麗に真っ二つに折れていた。かなり頑丈な作りになっていたはずなのに、このジジイなんて硬い腹筋してやがる……!


「『武器が壊れたら負け』。そう試合前に言ったはずじゃ。残念ながらその剣もワシの鋼の腹斜筋には勝てなかったようじゃのう! 田中もようやったが……この試合は残念ながら引き分けというわけじゃな。うむ」

「い、いやいや! 壊れるより先にこっちの攻撃が当たってたでしょ! 負けるのが嫌だからって往生際が悪いですよ!」

「うるさいうるさいっ! ワシが引き分けって言ったら引き分けなんじゃい!」


"堂島大臣めっちゃ駄々こねてて草"

"これはシャチケンキレていいぞw"

"この二人仲いいなw"

"昔からの知り合いっぽいよね"

"お爺ちゃんをあやす孫みたいでウケる"


「はあ……もう引き分けでいいですよ」

「がはは、分かればいいんじゃ」


 しばらく言い合いを続けたけど、俺は根負けして諦める。

 本当にこの人は変わらないな、まったく。

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