第7話 田中、煽られる
「そこまで! いい勝負じゃったぞ!」
木村が気を失ったのを確認した堂島さんは、そう大きな声を出す。
すると観戦していた凛が俺の方に来て、水とタオルを差し出してくれる。
「お疲れ様でした先生。あの、格好よかったです」
「そうか? ありがとうな」
汗を拭いて水を飲んだ俺がそう答えると、凛は少し恥ずかしそうに俯く。
それを見た視聴者たちは盛り上がる。
"おいおい誰だよあの美少女は!?"
"ゆいちゃん浮気されてるぞ!"
"かわいい系のゆいちゃんとは真逆のクール系美少女……推せる!"
"いつ落としたんや"
"ハーレム展開キボンヌ"
"あの子、前テレビで映ったの見たことあるわ。確か討伐一課のエースだぞ"
"かわいい+強いとか最強じゃん"
"は? 田中も強くて可愛いんだが!???!??"
"相変わらず強火の田中ファンがいるな……"
「あー、また視聴者に誤解されてるな。ごめんな凛」
もしかしたら街で「シャチケンの嫁だ!」などと言われてしまうかもしれない。
それは悪いと思って謝ったけど、凛の反応は意外なものだった。
「……いえ、私は全然構いませんよ?」
「え? そうなのか?」
"完全に顔が恋する乙女やんけ!!"
"これもう告白だろ"
"この前見たぞ似たような光景"
"やっぱり嫁じゃないか(歓喜)"
"まーたこのパターンかよ(興奮)"
"クーデレはたまらんぜ"
"完全にデレてるけどシャチケンは気づかないぞ。俺は詳しいんだ"
"そ、そんなわけない……よな?"
"スキルツリーを全部戦闘に振ってるからなこいつは"
「そうか……気にしないなんてやっぱり凛は優しいな!」
「……いえ」
"ほら見ろ気づいてないゾ"
"知ってた"
"うーん、このデジャブ"
"凛ちゃん頬膨らませてかわいい"
"くそっ……じれってーな! 俺ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!"
"してこいしてこい"
"むくれてる凛ちゃんもかわいいから許す"
相変わらず騒がしいコメント欄を無視して、俺は倒れた木村の方を見る。
するとちょうど堂島さんが木村を起こし、背中をバシッ!と叩いて起こしていた。相変わらず強引な人だ。
「おう起きたか」
「堂島大臣……? そうか、私は……」
辺りを見渡して状況を把握した木村は、なんとか立ち上がると俺の方にゆっくりと歩いてくる。
その顔には申し訳なさそうな感情が感じられた。
俺は貰った水とタオルを凛に返して、木村と向かい合う。
「……改めて非礼を詫びさせてもらう。申し訳なかった」
そう言って頭を下げる木村に、俺は「いいですよ。気にしてませんから」と言って顔を起こさせる。そして木村の目を見ながら、俺は健闘を称える。
「貴方みたいな人が何人もいるなら警視庁も安泰です。いい試合でした」
「……っ! ありがとうございます……!」
俺と木村は固く握手を交わす。
すると観戦していた人たちは拍手して歓声を飛ばしてくる。そういえば沢山の人に見られてたんだ。なんか恥ずかしいな。
"いい試合だった!"
"見直したぞ木村ァ!"
"シャチケン最強! シャチケン最強!"
"正直ちょっと感動した"
"映 画 化 決 定"
"シャチケンの器の大きさすげえよ。これで鈍感じゃなければなあ"
コメントも盛り上がっている。
するとそんな俺たちのもとに堂島さんがやってくる。
「がっはっは! 雨降って地固まるというやつじゃな! いい試合じゃったぞ!」
「堂島さんもありがとうございます。おかげでネットでの誤解も解けました」
「はて、なんのことじゃろうか。ワシはお主を利用して調子に乗ったそやつをこらしめただけじゃがのう」
わざとらしくとぼける堂島さん。
この件で貸しを作る気はないみたいだ。
きっと社畜の俺を助けられなかったことに対する罪滅ぼしなんだろう。義理堅い人だ。
「でも本当によかったんですか? 勝負に負けたら政府のイメージダウンになるんじゃ……」
「それは大丈夫じゃ。これからワシが戦って力を見せつけるからのう」
「ああそれは安心……って、え?」
堂島さんの突然の言葉に俺は間の抜け声を出す。
このジジイ、今なんて言った?
「最近書類仕事ばかりで体を動かしたかったところじゃ。もちろん付き合ってくれるじゃろ?」
堂島さんは木村が使っていた剣をぶんぶんと振り回しながら言う。
この人、最初からそのつもりだったな?
「いや、堂島さんと戦う理由はありませんよ。堂島さんも立場があるんですからそんな我儘言わないで下さい」
「なんじゃ、怖いのか? かーっ、情けないのう。ワシみたいな老人にビビるとは。昔のお主なら乗ってきたじゃろうに。社畜剣聖などと持て囃されてお高く止まってしまったか」
「上等ですよ! やればいいんでしょやれば!」
"乗ってて草"
"大臣、煽るの上手すぎない?"
"いつも国会で煽っているからな"
"シャチケンVS鬼の堂島とかやばくない? どっちが勝つんだろ"
"堂島さんも伝説の人だからなあ……覚醒者で構成されたテロ組織を一人で壊滅とかしてたし"
"七人の帰還者の一人だしな。さすがにシャチケンでも分が悪いか?"
"シャチケン! 夢見せてくれ!"
俺と堂島さんは剣を握って向かい合う。
盛り上がるコメントとは打って変わって練兵場の中は静まり返っていた。
ここにいる人たちはみな堂島さんのことを慕っている。そんな憧れの人の試合を見れるからかその表情は真剣そのものだ。
その一挙手一投足を見逃さないようにしている。
「一本勝負でよいな田中。ワシとお主が倒れるまでやり合ったらこの建物がもたんからのう。後は……武器が壊れても負けにするか。素手でやるのも危険じゃからの」
「ええ、分かりました。問題ありません」
腕のある覚醒者の素手は刃のない剣よりも危険だ。
特に堂島さんの拳はどんな兵器よりも兵器してる。室内で使うには危険すぎる。
「伊澄ちゃん、審判を頼む。さて田中……『気が済むまでやろう』じゃったか? ワシらもそうするかのう」
「……本当に人を煽るのがお上手ですね。いいですよ、どれくらい強くなったかぜひ確認して下さい」
俺は剣を強く握り、堂島さんを見据える。
十代の頃の俺は、とてもこの人には敵わなかった。だけど地獄の社畜時代を乗り越えた今、あの時よりも俺はずっと強くなっているはずだ。
その成果を、ここで見せるとしよう。
「それでは……始めっ!」
伊澄さんの掛け声と共に俺は勢いよく駆け出す。
先手必勝。長引かせるつもりはない。
「はあっ!」
剣を振りかぶり、堂島さんの顔面めがけ振り下ろす。
一連の動きは我ながら無駄がなく、洗練された動きだったと思う。木村だったら反応できなかったはずだ。
しかし相手はあの堂島さん。にぃ、と笑うと俺の攻撃に反応し、手にした剣で俺の一撃をばしィッ!! と受け止めてみせた。
辺りに衝撃波が飛び散り、受け止めた堂島さんの足元にビキキ!! と亀裂が入る。
観戦していた者の中には吹き飛ばされる人もいる。しかしその衝撃の中心にいる堂島さんは微動だにせず立っていた。どんな体幹してんだこの人は。
「くく。重く、いい攻撃じゃ。血が沸くわ」
そう楽しげに言う堂島さん。本当にこの人最近現場に出てないのか?
俺は体勢を整えるため、一旦離れて構え直す。
「楽しんでいただけているようで何よりですよ。ではもう少し……本気を出させていただきます。私は敬老精神に溢れていますからね」
「はっは! ガキが抜かしおる。遊んでやるからとっととかかってこんか」
楽しげに笑う堂島さん。
俺は足に力を入れると、再び堂島さんめがけ駆け出すのだった。
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