第5話 田中、試合をする

「ここが練兵場じゃ。いいとこじゃろ」

「はあ……広いですね」


 堂島さんに連れられて、俺は魔物対策省の裏手に建てられた巨大な体育館のような設備に案内される。そこでは多くの覚醒者たちが本気で特訓していた。


 みんな士気が高いな。堂島さんが主導でやっているだけあっていい戦士が揃っている。


「堂島さん、お疲れ様ですっ!」


 練兵場にいた人たちは堂島さんを見ると敬礼する。

 俺の前ではお茶目な爺さんだけど、元自衛隊所属なだけあって身内にはスパルタだ。上下関係には厳しいけど、カリスマ性があるおかげでここにいる人たちからも慕われているように見える。


「おい、見ろよ」

「あれって……」


 だけど俺を見る目は怪訝な感じだ。

 うーん、やっぱり信用されてない。まあこんな冴えない奴が急に有名になったら疑う目で見ても仕方ないか。

 Dチューバーっていうのも白い目で見られがちな職業だしな。


「あいつらも先生を……許せませんね……」

「ちょ、凛は落ち着け! 剣を出すな!」


 今にも飛びかかりそうな凛を慌てておさえる。

 相手も政府所属の人間だっていうのに。ややこしいことになるぞ。


「俺のために怒ってくれるのは嬉しい。だけど凛はなにもしなくて大丈夫だ」


 俺は敵意のこもった目をこちらに向ける木村を見ながら言う。


「俺の力が加工にせものかどうか、すぐに分からせるからよ」

「先生……」


 凛は妙に熱っぽい視線をこちらに向ける。

 少しかっこつけすぎたかな? ダサいと思われてなきゃいいけど。

 ダンジョンに一人で潜り続けている時、正気を保つためにかっこつけた言葉を言う癖が着いちまったんだよなあ。

 だからこれも全部須田が悪いんだ。


「伊澄ちゃん! 準備はよいか!?」

「はい、ばっちりです」


 気づけば堂島さんの指示の下、伊澄さんがカメラを回しだしている。

 いつの間に準備をしてたんだ。


「堂島さん。それは?」

「せっかく人気者がウチに来てくれたんじゃ。宣伝に使わん手はない。この試合をネット配信しようと思っての。『魔物対策省』の公式アカウントもあるしいい考えじゃろ」

「……そんなことしていいんですか?」

「んー。また他の大臣に小言を言われるかもしれんが……まあいいじゃろ! いざとなったら頭を小突いて記憶を飛ばせばいいしの!」


 がはは、と笑う堂島さん。

 さすがに冗談だとは思うけど、この人ならやりかねないので怖い。


 それにしても堂島さんはどういうつもりなんだろうか? これでSPが負けたら、政府の評判も落ちるだろうに。

 堂島さんの考えは分からないけど……まあ悪いようにはしないだろう。信じて話に乗ってみるか。


「木村もよいな?」

「はい。問題ありません」

「よし、じゃあ早速配信スタートじゃ!」


 堂島さんがスマホを操作すると、配信が始まる。

 俺もスマホを操作して配信のコメント欄を立体映像ホログラムで出す。


"魔対省が生配信とか珍しい"

"なにか事件?"

"会見かな?"

"概要欄に模擬試合とか書いてあるけどなにごと?"

"ん? あそこに映ってるのシャチケンじゃない?"

"そんなわけあらへ……ほんまや"

"うっそ! 拡散しなきゃ!"


 みるみる内に視聴者数は伸びていく。

 どうやらSNSでも拡散されているみたいだ。結構大事になっているけど本当に大丈夫なのかなあ。


"これなんの配信?"

"ていうか堂島大臣いるじゃん!"

"鬼の堂島いて草"

"相変わらずムキムキで草。大臣の体じゃねえ!"

"大臣この前の国会かっこよかったよ!"

"秘書の伊澄さんもいる! お姉さまー!"


「ほう、さすが田中。視聴者がどんどん伸びておる。こりゃ楽しくなってきたのう」


 上機嫌な堂島さんは、視聴者に試合の説明をする。

 代々木世界樹ダンジョンのことだけ伏せて、俺が政府の仕事をできるようにするためのテストってことにしてしていた。

 まあ確かにその言い方は間違ってはいないな。


"めっちゃ楽しそう!"

"シャチケンが人と戦うのを配信するの初めて?"

"須田を殴った時くらいか"

"田中ァ! 頑張れェ!"

"相手の人も中々強そうだね"

"確かにおっかない顔してる"


 盛り上がる視聴者たち。

 それを見て満足そうにした堂島さんはなにかを手にして俺の方を見る。


「ほれ田中、武器はこれを使え。頑丈だから多少強く振っても大丈夫じゃぞ」


 堂島さんに投げられた剣をキャッチする。

 刃はない練習用の剣だ。確かに堂島さんの言う通り頑丈そうだ、ダンジョン内の素材で作られているみたいだな。


「新しい仕事を手に入れるためと考えれば、これも業務か。あんまり気乗りはしないけど……やるか」


 俺は数度剣を振って調子を整える。

 するとそれを見ながら木村が口を開く。


「悪いがこの仕事は降りてもらう。これは私たちの仕事だ」

「よく知りませんけど最近のSPはダンジョンの調査もするんですね。勤勉で頭が下がりますよ」


 そう言うと明らかに木村はムッとした態度を顔に出す。

 煽り耐性はないみたいだ。


「皇居大魔災後に新設された『特殊警備課』に所属する我々『N-SPエヌエスピー』は要人の警護だけでなく、魔対省と連携して迷宮の調査、危険な魔物の討伐も積極的に行っている。N-SPになるのは高い魔素適合率、IQ、技量が必要となる。我々がいる以上、Dチューバーの出る幕はない」


 どうやら木村は自分がN-SPであることに強いプライドを持っているみたいだ。

 N-SPのNは確かNEXTネクストからきているんだっけか。覚醒者のことを英語圏では『ネクスト』って呼んでいるからな。

 つまりN-SPは覚醒者のみで構成された警察組織ってわけだ。


「……つまり警視庁のエリートってわけですね。中卒のフリーターに仕事をあげるわけにはいかないというわけですか」

「そう受け取ってもらっても構わない」


 木村は剣を握り構える。

 言うだけあってその構えは堂に入っている。


"なんかかなりバチバチだね"

"シャチケン敵意めちゃくちゃ向けられてて草"

"N-SPって武闘派揃いって聞くけど大丈夫?"

"俺らの田中が負けるわけないだろ? ないよな?"

"でも俺たちって基本Dチューバーの戦いしか見れないし、他の覚醒者の強さあんまり知らないよね"

"ようやく田中のメッキが剥がれるのかw ここじゃお得意の『加工』できませんもんねえw"

"アンチおっすおっす"

"まだアンチっておったんやな。絶滅したもんかと"

"信者きめえw まだあんなおっさん信じてんのかよ草w"


 なにやらコメントが盛り上がってるな。

 まあ今は目の前に集中しよう。後でなに言われていたかは確認できるからな。まあ一回も自分が出ているアーカイブを見直したことはないんだけど。


「一本取って終わりじゃ遺恨が残るじゃろう。試合は降参か続行不可能とワシが判断するまで続けるものとする。そうじゃな……後はダウンしたら一旦仕切り直しとしよう。倒れている者を殴るような行為は配信できんからのう。それでよいか?」


 堂島さんの言葉に俺たち二人は「はい」と返す。

 気づけば練兵場にいた他の人たちもみな俺たちの試合を見ている。あんまり注目されるのは好きじゃないけど……まあ頑張るか。


"どっちが勝つんだろう。ドキドキ"

"シャチケン! そんないけ好かない奴に負けるな!"

"まあでも田中も調子に乗ってるし、そろそろお灸を据えられた方がいいんじゃない?w"

"は? 調子乗ってるってなんだよ! 消えろアンチ"

"加工配信者は消えろ! *ね!"

"荒れてきたなあ"

"加工を加工と見抜けない人にネットを使うのは難しいっすよ"

"まあ試合が始まれば分かるっしょ。シャチケンが本物どうかはさ"


 コメントが盛り上がる中、堂島さんが審判の位置に立ち、とうとう開始の合図を始める。


「それでは二人とも、正々堂々戦うように。構えて……始めィ!」


 堂島さんがそう叫ぶと同時に、木村が剣を正面に構えながら突っ込んでくる。

 まっすぐに俺の頭を狙って剣を振るおうとしてくる木村。その動きは剣道の面を取る動きによく似ている。おそらく警察で剣道を習っているんだろう。


 その動きに無駄はない。正確で効率化されている。

 おそらくたくさん努力したんだろう。だけど……


「――――遅い」


 俺は相手の攻撃が放たれるより早く、木村の右手の甲を鋭く剣で打つ。

 ビシィッ! という音と共に骨にヒビの入る感触が手に伝わる。その痛みに耐えかねて、木村は顔を歪めながら剣を地面に落とす。


「が……っ!?」


 その隙を見逃さず、俺は素早く剣を木村の顔面めがけて剣を振るう。


「まずは一本だ」

「やめ……!」


 吸い込まれるように木村の顔面に俺の剣が叩き込まれる。

 メ゙キィ、という音と共に顔面を激しく叩かれた木村は衝撃で吹き飛び、空中で数度回転した後、練兵場の地面に落下する。


"うおおおおおおお!"

"相変わらず全く見えんくて草"

"は?(歓喜)"

"シャチケン最強! シャチケン最強!"

"木村くんクルクルで草"

"凡人でも努力すりゃエリートにだって勝てるんだよ!"

"さす戦闘民族"

"加工認定くんだんまりで草"

"アンチ今どんな気持ち? ねえねえ?"


「ぐ、う……」


 吹き飛ばされた木村は、鼻から流れる血を押さえながら立ち上がる。

 驚愕した表情をしているけど、まだ心は折れていないみたいだ。


 俺は相手が落とした剣を拾い、投げて返す。

 木村はそれを受け取ると、俺と再び向かい合う。あそこまで言ったんだ。一度殴られたくらいじゃ撤回できないだろう。


「来いよ。気が済むまでやろう」

「……ああ、そうだな」


 木村は最初とは打って変わって真剣な表情になり、そう返すのだった。

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