第4話 田中、政府の仕事を振られる

「伊澄ちゃん! 茶を出してくれんか! 一番いっちゃんいい茶菓子を出してくれい!」

「かしこまりました。ではとっておいた羊羹をお出ししますね」


 堂島さんが頼むと、秘書の伊澄さんがお茶の準備を始める。

 伊澄さんは堂島さんが大臣になる前から支えている女性で、俺や天月とも昔から面識がある。

 歳は確か俺より少し上だったかな? 仕事のできるお姉さんだ。


「久しぶりね田中くん。立派になって嬉しいわ」

「ありがとうございます。伊澄さんもお元気そうでなによりです」


 にこ、と笑いながら俺の前に羊羹とお茶を出してくれる伊澄さんに、俺は頭を下げる。

 今俺がいるのは堂島さんの仕事部屋だ。

 中庭での話を終えた俺は、この部屋に連れてこられた。


 それほど広い部屋じゃないけど机も椅子も一級品だ。俺の座っている椅子も皮がパリッとしていて座り心地がいい。さすが大臣の仕事部屋だ。


 俺と堂島さんはテーブルを挟んで向かい合って座っている。ちなみに俺の座っている後ろには凛が、大臣の座っている後ろには護衛っぽい若い男が立っている。伊澄さんもいるので人口密度はそこそこ高い。


「うまいっ! やっぱり羊羹は美味いっ! ほれ、田中も遠慮せんで食え食え」

「はい。いただきます」


 俺は出された羊羹を一口分に切り、口に運ぶ。

 するとしっとりなめらかで、上品な甘さが口の中に広がる。甘さは強いのに、しつこくない。舌に自信があるわけじゃないけど、これが相当高いものだということは分かる。


 大臣ともなればこんないいものを頻繁に食べられるんだな。


「のう伊澄ちゃん。ワシ頑張ってるしもう一本食べたいんじゃが……」

「駄目です。大臣は食べ過ぎです」


 と思ったらそうでもなかった。

 堂島さんは伊澄さんにたしなめられて、しょぼんと落ち込む。子どもかあんたは。


「そうだ田中。お主の配信はワシも見たぞ。随分強くなったじゃないか。ワシは嬉しいぞ」

「恐縮です」

「前から才能はあったが……今ほどではなかった。よほど鍛えたと見える」


 皇居直下ダンジョンから帰還できた俺だけど、それには実力だけじゃない、運のおかげも大きい。事実死んでしまった探索者の中には、師匠含め俺より強い人は何人もいた。


 生き残った七人の探索者の中では俺と天月は歳も実力も下の方だった。まあ七年経った今では俺もそこそこやれる方だとは思うけど。


「本当に強くなった……今のお主なら皇居直下ダンジョンを完全制覇・・・・できるかもしれんのう」


 堂島さんは昔を思い出すように言う。

 そう、皇居直下ダンジョンを俺たちは完全に破壊することはできなかったのだ。


 300人近い犠牲者を出しても、モンスターが湧くのを止めることしかできなかった。

 今も皇居直下ダンジョンは皇居の地下に存在していて、その入口は固く封じられている。この魔物対策省が皇居の側にあるのも、皇居直下ダンジョンから再びモンスターが湧き出した時にすぐに対処できるようにそうなったんだ。


「まあ沈静化している今、あのダンジョンを無理に突くのは危険じゃが……お主に聞かせたいダンジョンの話があるんじゃ」

「俺に……聞かせたい?」


 首を傾げると、堂島さんは俺の前に書類の束を置く。

 その1ページ目には『代々木世界樹ダンジョン』と書かれていて、そのダンジョンの情報や写真が載っていた。


「これって確か最近出現したダンジョンですよね?」


 そう尋ねると、堂島さんは「うむ」と頷く。

 一週間くらい前にできたこのダンジョンは、天高くそびえる巨大な樹でできたダンジョンだ。基本的にダンジョンは地下にできるけど、たまにこういう変わった形のダンジョンも生まれる。


「現在迷宮調査局が調査に乗り出しているのじゃが……これが中々難航していてのう。最初は珍しい上に登る形のダンジョンかと思われたんじゃが、上に登りきってもそこにはなにも無かった・・・・。その代わり上に登りきった途端、根本に地下に続く入り口が出現したんじゃ」

「二段構えというわけですか。随分凝った造りをしてますね」

「ああ、ふざけたことをしてくれる。こっちも予算は無限じゃないというのにのう」


 堂島さんは少し苛立っているように言う。

 ダンジョンの対策、そしてダンジョン関係の組織運営にはどうしてもお金がかかる。小言陰口は日常茶飯事だろう。


「あと数日したら登っていた調査局の連中も地上に帰ってくる。そしたらお主に調査を依頼したいんじゃ、世界樹ダンジョンの地下の調査をな」

「俺がですか?」


 堂島さんの思わぬ提案に俺は驚く。

 まさか仕事を依頼されるなんて思わなかった。


「いいんですか? 俺みたいなフリーに依頼してしまって」

「お主のことは信用している。下手なギルドに頼むよりよっぽど信頼できる。金もちゃんと出すし、実績になると思うんじゃが……どうじゃ、受けてくれんか? なんなら配信の許可も取ってやるぞ」

「……分かりました。その仕事、引き受けます」


 政府の仕事は中々受けられるものじゃないし、何より世話になった堂島さんの力にもなりたい。俺はその仕事を受けることにした。

 それにまだ誰も足を踏み入れてないダンジョンの配信なんて、視聴者も喜ぶだろう。足立も多分喜んで「やれ」と言うはずだ。


「そうか、それは助かる。それじゃあ追って詳しい連絡をす……」

「お待ち下さい堂島大臣」


 堂島さんの言葉が唐突に遮らえる。

 驚き声の方を見てみると、なんとその声の主は堂島さんの後ろに控えていた黒服の護衛の男だった。


「なんじゃ木村。藪から棒に」

「申し訳ありませんが、今の発言は看過できません大臣。あのダンジョンの再調査隊には我らSP部隊からも人員を出すことになっていたはずです。それをあのような者に任せるなど許せません」


 木村と呼ばれたSPは、俺のことをキッと睨みつける。

 どうやら印象は良くないみたいだな。まあDチューバーを嫌う人もそこそこいるからなあ。言ってしまえばフリーターみたいなものだし、高学歴の人からは見下されがちな仕事ではあるよな。


「なるほどのう。ではお主は田中の実力が不足していると思っているわけじゃな?」

「はい。動画は見ましたが……正直あれが本当の映像とは思えません。今の時代、映像などいくらでも加工できますからね」


 それを聞いた瞬間、後ろに待機していた凛が「貴様……っ!」と殺意をあらわにする。

 今にも腰に差した二本の短剣を抜き出しそうなその気配に、俺は「待て」と言ってそれを制する。


「……すみません」


 大人しく凛は引き下がる。

 ふう、ヒヤッとしたな。


 それにしても加工だなんて落ち込むなあ。

 俺のアンチには映像の加工を疑っている者も多い。今は配信でアンチコメを見かけることも減ったけど、掲示板ではまだボロクソに言われているみたいだ。


 一切加工なんてしてないんだけど、それを証明するっていうのも難しい話だ。

 どうしたもんかと思っていると、堂島さんが「そうじゃ」と、手をぽんと叩いてある提案をしてくる。


「そんなに実力を疑うなら実際に戦ってみるといい。この魔物対策省には練兵場もあるからすぐに試合ができるぞ。田中が勝ったら仕事を依頼する、ってことでどうじゃ」

「……私は構いません」


 負ける気など毛頭ない、と言った感じの木村。

 よほど自信があるみたいだ。


「田中はどうじゃ?」

「んー……まあ、分かりました。それで誤解を解けるなら」


 今日は体を動かすつもりはなかったけど、誤解されたままというのも気持ちが悪い。

 俺は仕方なくその提案を受け入れるのだった。

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