第3話 田中、謝罪を受ける
「絢川もご苦労。ちょいとこいつと二人で話したいことがあるから席を外してもらえるか?」
「かしこまりました。堂島大臣」
凛はそう言って頭を下げると、中庭の入り口に向かい、そこで待機する。
その場には堂島さんの警護を務める人物もいる。この化物ジジイに警護なんていらないとは思うけど、まあ大臣という建前上つけないと色々マズいんだろう。
「さて……なにから話したもんかのう」
堂島さんは巨大な松を武器みたいにデカい鋏でバチバチと切り落とす。
その光景はとても盆栽を手入れしているようには見えない。ただの伐採作業だ。
「堂島さんが大臣になったとニュースで見た時は驚きましたよ。ずっと現場で働くものだと思ってましたから」
堂島さんは元々『魔物討伐局』の初代局長だった。
しかし突然その座を後継に譲り、魔物対策省の大臣になった。
堂島さんはゴリゴリの武闘派。デスク作業なんか似合わない。
だから俺は凄い意外に感じた覚えがある。
「ワシだって大臣なんか別にやりとうなかったわ。じゃが大臣には現場を知っている人間が就かなあかん。そのことがあの時、よう分かったからのう」
「あの時っていうと……」
「ああ。ワシとお前が最後に一緒に潜った『皇居直下ダンジョン』のことじゃ」
その名を久しぶりに聞いた俺は、胸の奥がズキリと痛んだ。
今まで何百箇所のダンジョンに潜った俺だけど、そのダンジョンは俺にとって特別なダンジョンだった。
「今からもう七年も前になるか。今よりダンジョンの数も少なかったあの時、皇居の地下に世界でも最大規模のダンジョンが生まれた。『皇居直下ダンジョン』と名付けられたあのダンジョンは、特異な性質を持っておった」
「……あの時は大変でした。モンスターが地上に溢れるなんて事態、今でもそうは起きませんからね」
普通モンスターはダンジョンから出てくることはない。
魔素の少ない地上は、モンスターにとって生存しづらい環境だからだ。魔素はモンスターにとって人間の酸素のような役割を持っているらしいからな。
だけどたまに魔素が少ない環境行動できるモンスターが現れる。だけどそういったモンスターは上層にいるような弱いモンスターだけで、強いモンスターは地上に現れることはなかった。
あの皇居直下ダンジョンが現れるまでは。
「総被害者数二万四千人。それだけの人が数日でモンスターに殺された。その中には絢川の親御さんもおった」
「あれは痛ましい事件でした。今でも思い出すと寒気がしますよ」
「ああ、ワシもだ」
探索者たちが一丸となったおかげで、地上に出たモンスターたちは駆除された。
しかし皇居直下ダンジョンからはモンスターが出続けた。
普通ダンジョンを壊すことは推奨されていない。なぜならそこから取れる資源は貴重な物だからだ。
しかしモンスターが外に出てくるとなったら話は別。政府は皇居直下ダンジョンの破壊を決定した。
「ダンジョンの要、『ダンジョンコア』を破壊すべく集まった腕利きの探索者は総勢三百人。今考えてもあのチームは最強の布陣じゃった。ワシにお主、天月……それに
「……師匠の話はやめていただけると助かります」
「ああ、すまんな。橘はお前にとっても特別な存在だった。受け止めきれないのも無理はない」
俺の師匠、
あの人がいなければ俺はここまで強くなることはできなかっただろう。返しきれないほどの恩がある。
だけどその恩を返す機会はもう永遠に訪れない。
「皇居直下ダンジョンの難度は、ワシらの想像を遥かに超えていた。見たことのない凶悪なモンスターの群れ、数秒ごとに変わる景色、体を蝕む濃密な魔素……ワシらの仲間は一人、また一人と命を落とした。最終的にダンジョンの無力化には成功したものの、無事生きたままダンジョンを脱出できたのは
俺と堂島さん、そして天月はその七人の中に入っていた。
当時は凄いニュースになったけど、堂島さんの配慮で俺のことは報道されなかった。
未成年だった俺と天月は、そもそもダンジョンの中に入ることも報道されなかったからな。まあ天月は討伐一課に入る際、それを公表したんだけど。
そのおかげで天月は堂島さんに並ぶほど市民からの人気を得るに至ったんだ。
「なんとか生きて帰ることができたワシは理解した。この先、また似たような事態に陥った時、それを乗り越える力はこの
大臣になった堂島さんは、次々と大胆な政策を打ち立てて、何度も国会とお茶の間を騒がせた。
だけどおかげでこの国の探索者たちは強くなったと俺は思っている。今や他の国の探索者と比べても平均
そう思っていると、堂島さんは俺の方を見ながら申し訳無さそうな表情をする。
いったいどうしたんだろうか。
「……じゃが目の前のことに集中するあまり、お主のことに気をかける余裕がなかった。一生の不覚じゃ。息子のようにも思っていたお主が、まさかあれほど辛い目に遭っておるなど気づきもしなかった」
「堂島さん……」
堂島さんが言ってるのは、俺がブラック労働していたことについてだろう。
でも堂島さんはそのことを知らなくて当然だ。大臣としての仕事もあるし、須田が書類を
だから堂島さんが申し訳なく思うことはないんだけど、この人の性格上それも無理な話か。この人は昔から義理人情に厚い人だからな。
「ワシが愚かじゃった。本当にすまん。この通りじゃ」
堂島さんはその場で俺に向かって深く頭を下げる。
それを見た俺は慌てて止める。
「堂島さん! そこまでしなくていいですよ! 貴方は大臣なんですから!」
「ワシは大臣である前に一人の『人』じゃ。下げれぬ頭に価値など無い」
堂島さんは真剣な表情でそう言う。
この人は昔から変わらないな。昔から変わらずかっこいい。
「お気持ちは嬉しいです。だけど俺はもう大丈夫です。確かにあの時はつらかったですが、今は本当に楽しくやってますから。だから頭を上げてください」
そう言うと、ようやく堂島さんは頭を上げる。
「すまんな、気を遣わせて。これから困ったことがあれば遠慮なくワシを頼るといい。どんな面倒くさい奴が相手でもワシがぶん殴って黙らせてやろう」
「はは、それは相手が気の毒ですね。堂島さんの拳は痛いですから」
そう軽口を叩いた俺たちは、昔みたいに笑うのだった。
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