第23話 田中、休む

 初配信を終えた次の日、俺は昼に目を覚ました。


「ふあ……よく寝た」


 目をこすり、うとうとしながら体を起こす。

 仕事を辞めて一番幸せに感じるのがこの瞬間だ。社畜時代はこんな風に時間を気にせず寝ることなんて出来なかった。スマホには五分おきに設定されたタイマーがまだ残っている。


「今日は特にやることもないし、だらだら過ごすか……」


 俺はスマホをいじってSNSをチェックする。

 本名で登録したSNSは、もうフォロワーが60万人を超えている。たいしたことは呟いてないのに……Dチューブ効果は凄い。


「ええと……『おはようございます。今日も一日頑張りましょう』と」


 俺は当たり障りない言葉をつSNSで呟く。

 こんなことを呟いてもしょうがないとは思うんだけど、足立に『つまんなくてもいいからこまめに呟け。思ったことそのまま書けばいいから』と指示を受けたので大人しく従う。

 誰かを推したり追っかけたりしたことがないのでいまいちピンとこないんだけど、本当にこんな感じでいいのだろうか?


「おお……すぐ返事がついた」


"おはシャチケン"

"おそようございます!"

"たくさん寝れているようでなによりです"

"田中ァ! いい夢見れたかァ!?"

"次の配信はいつですか!? いつまで全裸でいればいんですか!?"


 みんな楽しげに返事リプしてくれる。

 これは少し楽しいかもしれない。一人づつ返信したいけど、それはキリがなくなるからやめろと足立に言われている。なので俺はそっと「いいね」だけする。


「……ん? これは」


 リプを確認していると、その中に見知った名前を見る。

 その人物は昨日助けた星乃唯だった。彼女はDチューバー用のアカウントで俺にリプしてきていた。


"昨日は本当にありがとうございました! おかげさまで無事家に帰ることができました。今度お礼させていただきますね✨"


 と、礼儀正しく星乃は俺にリプしてきていた。

 俺は簡潔に『無事に帰れて良かった。お礼は無理しなくていいからな』と返事しておく。ついでにいいねしてフォローして……と。SNSは色々やることが多くて大変だ。


「まあこういう積み重ねが人気に繋がるんだろうな。企業勤めに比べたら楽だ。これくらいしっかりやらないとな」


 と、ちまちまSNS活動に精を出していると急にメッセージが飛んでくる。

 送り主は足立。まああいつくらいしか俺のアドレス知らないからな。


「ええとなになに……?

『昨日の配信お疲れさん! 配信大成功の祝いと今後の配信活動について話したいから今晩飯行くぞ! 場所と時間はメッセージに添付しておくからよろしく!』


 足立のメッセージにはそう書かれていた。

 相変わらず勝手なやつだ。俺に予定があったらどうするつもりだったんだろうか。


 ……まあ予定なんて今日以降も無いんだけど。


「場所は……ってここ結構いい焼肉屋じゃないか。前回はファミレスだったのに、奮発したな」


 焼肉と口にした瞬間、腹がぐうと鳴る。

 そういえば店で焼肉なんてしばらく食ってないな。久々に食べたくなってきた。


「夜まで適当に時間を潰すか。もう一眠りするのもいいな……」


 そう言いながらボフッと再び横になる。

 思えば二度寝なんて十年近くしていないかもしれない。


「ふあ……ねむ……」


 閉じていく視界、薄れていく意識。

 心地よいまどろみに身を委ね、俺はいつぶりか分からない二度寝に勤しむのだった。


◇ ◇ ◇


「よお田中! いやあ昨日は最高だったな!」


 夜。

 足立に指定された焼肉屋に行くと、そこには上機嫌な足立の姿があった。

 まだ飲んでいないはずなのにかなり浮かれた様子だ。


「やけに浮ついてるじゃないか。こんないい焼肉屋までセッティングして……どんな風の吹き回しだ?」

「そりゃ浮かれもするさ。なんたって初配信で登録者が70万人になったんだぞ? 異常事態イレギュラーっていうトラブルはあったけど、それも無事に解決できたし、むしろそのおかげで、SNSやネットニュースになったし、正に怪我の功名ってやつだ。いやあお前はよくやってくれたよ」


 スラスラと話す足立。

 どうやら俺の成功を喜んでくれているみたいだ。


 余計なことをよくいうこいつだけど、意外と友人思いなところが昔からあるんだよな。


「スパチャもウハウハだ。見てみろ」

「ん? どれどれ……って、ええ!?」


 足立の見せてきたスマホには、とんでもない額が写っていた。

 社畜時代の俺の年収より高い……これを一日で稼いだっていうのかよ。


「こりゃ今年の確定申告でたくさん税金を取られるぜ。その対策の為にも高え肉食って経費にすんだよ」

「そっか。フリーランスだと税金のことも考えなきゃいけないのか。そこら辺は疎いから助かるよ」

「その辺の細かいことは俺に任せておけ。お前はいつも通りダンジョンで暴れてればいい」


 足立は頼もしくそう言う。

 それなら得意分野だ。ありがたく足立に任せるとしよう。


「さ、肉頼め肉。じゃんじゃん食おうぜ」

「そうだな。じゃあ遠慮なく」


 俺は店員さんを呼び寄せ、注文を始める。


「カルビを30人前と、ロースを20人前。タン10人前にハラミ20人前で。えっと、ライスは大を5杯下さい」

「おい! いくらなんでも頼みすぎだろ! 今日は俺が立て替えるんだからな!?」


 足立が抗議してくるけど、俺は更に注文を重ねた。

 焼肉は自由じゃなくちゃいけない。誰にも食欲それを止めることは許されないのだ。


「……ったく、覚醒者の胃袋を甘く見てたぜ」

「お前も一応覚醒者そうだろうが」


 そう反論するけど、足立は「やれやれ」と首を横に振り取り合わない。

 この野郎。財布が空になるまで食ってやるからな。

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