第22話 田中、初配信を終える

「18時17分……定時は少し過ぎたけど、まあこれくらならいいとするか」


 無事ダンジョンの入り口に戻った俺は、時計を見ながらそう呟く。

 深層から30分ちょいで戻って来れたんだ。十分早い方だろう。帰りはモンスターとも戦っていないし、業務には入らないはずだ。


 まあその代わり結構な速さで走った俺に抱かれていた星乃はふらふらになってしまったけど。


「大丈夫か?」

「は、はいぃ……」


 星乃は自らの顔をパンパンとはたいて、気を取り直す。

 それにしても今日は色々あったな……初配信なのに予定から二転三転してしまった。中層あたりでまったり配信のつもりだったのに。どうしてこうなった。


「えー、みなさん。ここまで見ていただいてありがとうございます。無事地上に戻ってくることもできましたので、これにて配信は終了しようと思います」


 終わりの挨拶は大事だと足立に教わっていたので、ドローンの前で一礼する。

 するとコメントが爆速で流れてくる。


"楽しかったぞ田中ァ!"

"本当にお疲れ様でした!"

"アンチだったけどファンになりました!"

"結婚してくれ!"

"ゆいちゃんとお幸せに!"

"[¥3000]次も絶対に見に行きます!"

"待ってるぞ田中ァ!"

"[¥5000]シャチケン最高!"

"[¥12800]デート代です。ご査収ください"


 次々と飛んでくる温かい言葉を見て、胸の奥がじんと感動する。

 思えば黒犬ブラックドッグギルドで働いている間、誰かに褒められたり認められたりなんてことはなかったからな。

 本当に辞めて良かった。


「温かいお言葉とスパチャ、ありがとうございます。それではみなさん次の配信でお会いいたしましょう」


 そう言って俺は今度こそちゃんと配信を停止する。

 二度見返したけど、ちゃんと終了されている。……一応もう一回見ておくか。


「これで大丈夫、だよな?」

「はい、私も確認しましたけどちゃんと終了していましたよ」

「星乃が言うなら大丈夫か」


 ネット音痴なのはなんとか直しておかないとな。

 これからはこっちが主戦場になるんだから。


 とはいえ切り忘れで人気が出た部分もあるから難しいところだ。ここら辺は足立に助言を求めるか。


「お疲れ星乃。よくここまで弱音も言わずについてこれたな。まだ探索者を始めて間もないのに凄いじゃないか」

「い、いえ! 全部田中さんのおかげですよ! 私一人じゃ何度も死んでました。本当に……本っ当に感謝してます! ありがとうございました!」


 星乃は頭が地面にめり込むんじゃないかってほどの勢いで頭を下げる。


「探索者同士、助け合うのは当然のことだ。アクシデントのおかげで視聴者も楽しんでくれたみたいだし気にしなくて大丈夫だよ」

「いえ! このお礼は必ずお返しいたします!」


 押しの強い星乃に押し切られて、俺は「わ、わかったわかった」とそれを受け入れてしまう。

 感謝してくれるのは嬉しいけど、あんまり気にし過ぎなくてもいいのに。こんなおっさんに時間を使うなんてもったいない。


「とにかく一旦上に出よう。エレベーターは……まだ壊れてるな。脱出した探索者たちは崖を自力で登ったのか?」

「みたいですね。私たちも登りましょうか」

「そうだな。あ、丁度いい。壁を垂直に歩く方法を教えよう」

「いいんですか!? お願いします!」


 俺は壁を足裏で掴む方法を軽く説明する。


「こう足の裏で"ぎゅっ"と掴むんだ。背筋は伸ばすのがコツだ」

「でも靴履いてたら難しくないですか?」

「靴ごと地面を掴むんだよ。ほら、やってみよ」

「えーと、こうですかね?」

「そうそう。上手いぞ」


 まだぎこちないけど、星乃は二歩ほど壁を登ることに成功した。

 やっぱり俺の見立ては正しかった。これならすぐ覚えられそうだな。


「むう……中々難しいですね」

「なに、練習すればすぐに覚えられるようになるさ。どうする? 今日のところは上まで俺が運ぼうか?」

「それは申し訳……いえ、やっぱりお願いします」


 てっきり断ると思ったけど、意外なことに星乃はそう言って俺に飛びついてきた。

 体のあちこちにやわらかいものが当たる上に、いい匂いもして精神衛生上、非常によろしくない。俺は鋼の精神力で耐える。


「どうかしましたか?」

「いや……なんでもない。行くぞ」


 俺は星乃を抱えたまま壁を歩く。

 数分ほど歩いて俺はエレベーターの置かれた地上にたどり着く。すると、


「来たぞ! シャチケンだ! ゆいちゃんもいるぞ!!」

「ん?」


 なんとそこには大勢の人が待ち構えていて、一斉に俺にスマホを向けてカシャカシャと写真を撮る。管理局の人間らしき人たちがなんとか押さえてくれているおかげでなんとかなってるけど、もしいなかったら人にもみくちゃにされていただろう。


 ひとまず星乃を下ろしてどうしたもんかと立ち尽くしていると、俺たちのもとにある人物が近づいてくる。


「……ひとまずお疲れ様、と言いましょうか」

「え? なんでお前がここに?」


 俺に話しかけてきたのは俺の幼馴染みにして魔物討伐局一課の課長、天月奏だった。

 その腰には愛刀「小夜さや」が差してある。どうやら戦闘も想定してここに来たようだ。


「中にいた異常事態イレギュラーの原因であるマウントドラゴンは倒した。ダンジョンはじきに元に戻ると思うぞ」

「……ええ、知っています。私も配信を見ていましたからね。貴方が昔と同じようにモンスターを次々と屠る様子も、そこにいる若い子といちゃつく様子もね」


 そう言って静かに天月は星乃を睨みつける。

 かわいそうに、星乃は怯えたように「ひっ」と声をあげる。


「この子は異常事態イレギュラーに巻き込まれただけだ。俺も迷惑には感じてないから大目に見てくれないか」

「……相変わらず貴方って人は鈍いというかなんというか。その子を責めるつもりはありません。後日ダンジョン内で起きたことを伺いますが、それだけです。今日は自宅まで部下が案内します。人も集まって大変でしょうからね」


 天月がそう言うと、スーツを着た女性の部下が星乃のもとにやって来る。天月の部下なら任せても安全だろう。任せるのが一番だ。


「じゃあな星乃。また機会があったら会おう」

「……はい。本当にお世話になりました。私、今日のことは一生忘れません!」


 星乃は大袈裟にそう言うと、最後にペコリと礼をして去っていった。

 なんだか星乃とは長い付き合いになりそうな予感がする。


「天月はこれから中の調査をするのか?」

「いえ、中はもう安全でしょうから調査は部下に任せます。私は忙しいので別の現場に向かいます」


 そう語る天月の目にはうっすら疲れが滲んでいた。

 社畜時代の俺ほどじゃないけど、かなり働き詰めのようだ。


「あまり無理するなよ?」

「貴方がそれをいいますか……。はあ、貴方はそういう人でしたね」


 天月は冷たい視線の中に、僅かだけ昔のような優しい目を覗かせたけど、すぐにいつもの目に戻す。また昔みたいに仲良くなることは難しいんだろうか。


「とにかく、貴方には話さなければいけないことがたくさんありますので、後日家に伺います。逃げないように。大臣も会いたがってますからね」

「大臣って……堂島さんか?」

「それ以外いないでしょう」


 呆れたように天月は言う。

 魔物対策省の大臣、堂島龍一郎は俺の古い知り合いだ。あの人は好きだけど、大臣に会うというのは中々に緊張するので気が引ける。


「とにかく! また伺いますので気持ちの準備はしておくように」


 そう言って天月は去っていく。

 残業代はちゃんと出ているのかな、と余計な心配をしてしまう。


「……俺も帰るか」


 普通に帰ろうとすると、人だかりが俺の方に押し寄せてくる。

 こりゃたまらんと俺はその場で高く跳躍し、夜の都会に消えるのだった。

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