第20話 田中、山を割る
『ギギィ!』
杖を持った魔法使い型モンスターたちが、俺に向かって来る。
どのモンスターもランクはS級。厄介な相手だ。
対処法を知らなければ、だが。
『ギィ!』
鉄をも溶かす高温の炎。だけど実は杖の先にある間は熱を放っていない。
だから炎を発射していない時は接近しても安全なのだ。
「お邪魔するぞ」
『ギィ!?』
一気に懐に踏み込むと、
この距離まで近づかれれば
『ギ……ッ!?』
ピッ、ピッ、と剣閃が走ると同時に、赤いローブがバラバラに斬り裂かれる。
本体のローブが斬られたことで、
"速すぎてなにも見えんw"
"世界一怖い『お邪魔するぞ』いただきました"
"死の訪問販売員"
"はえー、あんな風に近づけば意外といけるんだな"
"普通はあんなに近づく前に燃えかすにされるぞ"
"じゃあシャチケン以外にはできないじゃん……"
『ギ……!』
仲間が塵と消えたことで焦ったのか、他の魔法使いたちは急いで俺から距離を取ろうとする。
距離を取られると面倒だ。俺はまだ火球が残っている
『ギャギャ!?』
ローブに火がつき慌てる魔法使いたち。
こうなったらもう魔法を使うどころじゃない。俺は一体一体近づき、淡々と「えい、えい」と討伐していく。
『ギャッ』
『ギャッ』
"ライン作業みたいに処理されてて草"
"あれって本当にSランクモンスターなの?"
"後ろでマウントドラゴンくんも引いてるよ"
"いやあれは惚れて……いや、ドン引いてるわ"
"俺の共生相手がこんなに簡単にやられるわけがない"
"ラノベかな?"
"シャチケン「俺また何かやっちゃいました?」"
"やってない時の方が珍しいんだよなあ"
向かってきた全ての魔法使いを討伐した俺は、剣を鞘に納めマウントドラゴンを見る。
あとはこいつを倒せば業務終了だ。さて、どうやってこのデカブツを処理したものか……と考えていると、急にマウントドラゴンは背中を向けて逃げ始める。
「お、おい!」
"逃げてて草"
"しょうがない。俺でも逃げる"
"ドラゴンって逃げるんだな……"
"あれ、でもあの方向って"
"そういえばあっちにはゆいちゃんがいるじゃん"
"ヤバ。完全に忘れてたわ"
"田中ァ! 急げェ!"
コメントで星乃のことに気がついた俺は、急いで走る。
目をこらすと、マウントドラゴンの逃走先にはちょうど星乃が立っていた。
『ガアアッ!!』
「ひっ」
咆哮を上げながら、マウントドラゴンは牙を剥く。
せめて一人だけでも始末しようという魂胆なのだろう。それを見て星乃はすっかり怯えて……なかった。
星乃は背に持った大剣を構えて、正面からマウントドラゴンに向かい合っていた。逃げるつもりはなさそうだ。
"ゆいちゃんじゃいくらなんでも無理でしょ!"
"逃げてゆいちゃん!"
"踏み潰されて終わりだよっ!"
"シャチケン急いで!"
コメントは星乃のことを心配する声で溢れる。
俺は今すぐ本気で駆けて、マウントドラゴンを止めるべきなんだろう。だけどそれは星乃の覚悟を踏みにじることになる。
そう思うほどに彼女の目は本気だった。
星乃は俺と目を合わせると、ゆっくり頷く。俺にはそれが「ここは任せてください」と言っているように見えた。だったら俺が言うべき言葉はひとつ。
「
「……っ!! はいっ!!」
嬉しそうに笑った星乃は両手で大剣を握り、迫り来るマウントドラゴンを迎え撃つ。
マウントドラゴンは一切の容赦をせず、その大きな牙で星乃を噛み砕こうとする。
"何やってんだよシャチケン!"
"ゆいちゃん逃げて!"
"終わりでーす"
"見損なったぞ田中ァ!"
"血が出た瞬間配信切るわ"
"スプラッタ映像が流れた瞬間AI判断で配信切れるから安心しろ"
お葬式ムードが流れるコメント欄だけど、当の
俺が教えた通りしっかりと地面を踏みしめ、剣を構える
「"ぶわっ"と力を集中させて、"ぐんっ"って踏ん張る。肩は"パッと"開いて背中を"ピンッ"と伸ばす。足から"ぎゅい"っと体に力を送って……」
星乃の体に力が満ちる。
知識を教えた今、星乃は前よりもずっと強くなっているはずだ。
「しっかり剣を握って……だん! ずん! ぱっ!」
星乃は全力でマウントドラゴンの頭部に大剣をぶつける。
斜めから打ち込まれたその攻撃は、マウントドラゴンの頭部を激しく揺らす。正面からぶつけるんじゃなくて、斜めから打ち込んだことで体重差を上手くカバーしてカウンターを取っている。あれは効くぞ。
"マウントドラゴンよろめいてるぞ!?"
"マジかよゆいちゃん!"
"戦闘民族の嫁やば"
"力の一号、力の二号じゃん"
"フィジカルモンスター夫婦"
"シャチケンはとんでもない奴を育て上げたな……"
『ガ……ア……?』
手痛いカウンターを食らい、ふらつくマウントドラゴン。
俺はその隙に奴の背中に飛び乗る。
「もう終業時間だ。終わらせようか」
『グ……ガアアッ!!』
意識を取り戻したマウントドラゴンは、背中に乗る俺に気がつき噛みつこうとしてくる。
だけど既に俺はマウントドラゴンの弱所を見抜いていた。
「――――
剣を振り上げ、僅かに空いたマウントドラゴンの甲殻の隙間を狙う。
何度も斬りつけるような真似はしない。一撃で、決める。
「我流剣術、
弧を描き、俺の剣がマウントドラゴンの背中に叩き込まれる。
弱所に叩き込まれた俺のその一撃は、巨大なマウントドラゴンの体を綺麗に
『ガ……ア?』
何が起きたか分からないまま絶命するマウントドラゴン。
俺は崩れていく足場から飛び去りながら時計を確認し、呟く。
「17時27分業務終了――――今日は寝れそうだな」
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