第19話 田中、山を崩す

『ゴアアアアアッ!!』


 俺が駆け出すと、マウントドラゴンは怒りの咆哮を上げる。

 今まで放り投げられる経験なんてなかったんだろうな。かなり怒っている様子だ。


『ゴア、ア……ッ!』


 マウントドラゴンは大きく口を開き、俺の方を見る。

 すると奴の口元が赤く光り始める。


 まさかと思った次の瞬間、マウントドラゴンの口から巨大な熱線が放たれる。俺は素早く横にステップしたので回避することができたけど、熱線が命中したダンジョンの壁は、ドロドロに融けていた。


「頑丈なダンジョンの壁がこんなになるなんて。当たったら結構熱そうだな……」


"熱いで済むのか……"

"感想がそれで終わるの草"

"人なんか蒸発するでしょこんなの"

"田中なら大丈夫でしょ(適当)"

"ガチで大丈夫そうで震える"


 それにしてもマウントドラゴンは熱線なんて吹けなかったはずなんだけどな。

 この個体は大きいだけじゃなくてかなり特殊な個体みたいだ。早めに倒さないと外にも影響が出るかもしれない。


 ダンジョンの魔素濃度が上がりすぎると、ダンジョンの外……つまり普通の人が生活している空間の魔素濃度も上がる。

 そうするとモンスターたちがダンジョンから出て、一般市民を襲い始める。

 『魔獣災害ハザード』と呼ばれるこの現象は滅多に起きることはないけど、一度起きてしまえばその被害は甚大。


 確か去年なんかはそれで一つ小さな国が滅びたとニュースでやっていた。

 日本でそんなこと起きさせるわけにはいかない。


『ガアアッ!!』


 マウントドラゴンはその巨体に似合わぬ速度で体を動かすと、俺を踏み潰そうとしてくる。

 さすがにこの巨体で踏まれたら痛そうだ。俺は横に跳んで躱すけどマウントドラゴンは何度も執拗に俺を踏み潰そうと脚を振り下ろしてくる。


"クッソ怖いんやがww"

"や、山が降ってくる"

"臨場感すごくて草"

"揺れが凄い。これもう地震だろ"

"晴れ時々山"

"でもマジでどうやって倒すの? 山を一人で崩すなんて無理でしょ"

"まあこっちも人辞めてるし大丈夫でしょ。どうやるかは知らんけど"

"俺新宿住みなんだけど、少し揺れてる……"

"ガチで地震起きてて草なんだ"


 避けながらコメントを見ていると、なんとダンジョンの上までこの揺れが起きていることが分かった。これは早めに決着をつけないと怪我人が出るかもしれないな。


『ガアッ!』


 思い切り脚を振り下ろしてくるマウントドラゴン。

 俺はそれを躱し、居合による一撃を放つ。


「我流剣術、またたき


 ギンッ! という音と共にマウントドラゴンの太い前足が両断される。

 バランスを崩したマウントドラゴンはその場に崩れ落ち、頭を強く地面にぶつける。


"マジかよやりやがった!"

"あんな太い脚を一瞬で……"

"シャチケン最強! シャチケン最強!"

"今日の同接えぐいな。海外勢も来てるのか?"

"海外のDチューバーが拡散したみたいだな。『あの時のサムライが今も暴れてる』ってな"

"初配信の時バズったもんなあ。懐かしい"

"これは合成動画だよな!? そうだと言ってくれ!(英語)"

"さっそく来て草"

"シャチケンは初めてか? まあゆっくりしてけよ"

"さっそく古参ヅラしてて草"


『ガア……アアッ!』


 脚が斬れ落ち、痛そうに呻くマウントドラゴン。

 トドメを刺そうと近づこうとすると、なんとマウントドラゴンは近くに落ちていた岩に自分の腕の切断面を押し付けた。

 すると次の瞬間、押し付けた岩の形が変わり、マウントドラゴンの新しい脚となってしまった。


 まさか落ちている岩で体を修復できるなんて、なんて再生力をしてんだ。こいつがここまで大きくなったのもその再生力が原因かもな。

 もしかしたら辺りの岩を取り込みまくって大きくなったのかもしれない。


「まあだけど……やることは変わらない。再生できる回数だってそう多くはないだろ?」


 再生するなら何度も斬ればいい。

 俺が一歩近づくと、マウントドラゴンは俺を睨んだまま一歩下がる。どうやらさっきの一撃で警戒されたようだ。


"[悲報]マウントドラゴンさん、びびる"

"ドラゴンビビってる! ヘイヘイヘイ!"

"脚ぷるぷるで草。かわいいね"

"マウントドラゴンさん、視聴者にマウント取られてて泣ける"

"不憫でならない"

"生まれ変わってモンスターになってもシャチケンだけには会いたくない"

"田中ァ! 決めちまえ!"


 次はどこを斬ろうかと思いながら近づく。

 するとマウントドラゴンは『ギュアアアア!』と今まで聞いたことのない、高音の鳴き声を上げる。

 いったいどうしたんだと思っていると、マウントドラゴンの岩の甲殻の隙間から次々と魔法使い系モンスターが姿を現し俺を囲む。


「……そういえばお前らグルだったな」


 元はといえば黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーのせいで俺はマウントドラゴンの腹の中に入ったんだ。こいつらは竜と協力関係……共生してたんだ。


 竜が敵の寄り付かない快適な住まいとなって、魔法使いたちは新鮮な餌を体内に送ったり捕まえたりしてるってとこか? 他のモンスターじゃ敵わないタッグだな。


『ギギ……!』


 魔法使いたちは俺を見て笑みを浮かべる。どいつも負けるとは思っていない顔だ。


 それにしても……癇に障るな。こっちは定時内まともなじかんに帰りたいのに邪魔しやがって。


「次はお前らが相手してくれるんだな……? 速攻で終わらせてやるよ」


"めっちゃおっかない顔してて草"

"定時内に帰ろうとしているサラリーマンはみんなこんな顔してるよ"

"これは一流企業戦士"

"魔法使いたちもビビってるわ"

"働く男は強いな"

"月350時間残業した社畜だ。面構えが違う"


 俺は剣を握り直すと、魔法使いたちに斬りかかるのだった。

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