第12話 田中、次元の壁を超える

「後は私がやります。今の内に上層に逃げて下さい」

「は、はい! ありがとうございます! このご恩は忘れません!」


 五人の探索者たちは俺に頭を下げながら上層に向かう。

 上層は他の層と比べても、格段に魔素濃度が低いので強いモンスターは近寄らない。強いモンスターは魔素の薄い空間が苦手らしいからな。

 だから上層にたどり着きさえすれば、ひとまずは安心なはずだ。


 さて、残りの迷宮魔術師ダンジョンソーサラーを片付けるか……と思っていると、急に探索者たちが悲鳴を上げる。


「う、うわあっ!!」


 急いでそちらに目を向けると、なんと彼らの行く手を塞ぐように迷宮魔術師ダンジョンソーサラーが現れていた。

 しかもそいつはただの迷宮魔術師ダンジョンソーサラーじゃない。漆黒のローブを持った迷宮魔術師ダンジョンソーサラーの上位種、黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーだ。


"嘘だろ! 黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーじゃん!"

"あれって深層にしかいないモンスターだよな?"

"そんなのが中層にいるのはかなりの異常事態イレギュラーだぞ! 迷宮管理局は何やってんだよ!"

"シャチケン、頑張ってくれ!"

"あいつは流石の剣聖様でも無理っしょw 攻撃すら当たんねえよw"


『キキ……』


 黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーが探索者の一人に手を伸ばす。

 あいつの使う魔法の力は迷宮魔術師ダンジョンソーサラーの比じゃない。急いで助けに行かなきゃと思ったその瞬間、一人の人物が黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーに立ち向かう。


「させま……せんっ!」


 そう言って剣を振り上げたのは、星乃だった。

 彼女は俺が戦っている間、探索者たちを守るように戦っていた。彼らの側にいた彼女は、すぐにそのフォローに入ることが出来たんだ。


"唯ちゃんキタ!"

"頑張れ!"

"いや唯ちゃんじゃまずいっしょ。深層のモンスターに勝てるの!?"

"シャチケン来てくれー!"

"初の配信事故かな。お疲れさん"

"おいおいあんまり田中を無礼なめるなよ。こいつはやる男だぜ?"


「……星乃っ!」


 俺は襲ってきた残りの迷宮魔術師ダンジョンソーサラーを一瞬で斬り伏せると、地面を思い切り蹴り飛ばし、音速で駆ける。しかし俺がたどり着くよりも早く黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーの魔法は……星乃に命中してしまった。


「あ……」


 星乃の体を包むように現れる魔法陣。

 あれは黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーの得意とする魔法、『次元魔法』だ。


 黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーは自身を別の空間に飛ばして攻撃を避けたり、相手をダンジョンの奥底に飛ばして攻撃してくる厄介な魔法を使ってくる。


 星乃が受けたのもそれだ。

 間もなく彼女はダンジョンの奥底に飛ばされる。このダンジョンは深層があることが確認されているので、おそらくそこまで飛ばされてしまうだろう。

 そうなったら……生きて帰ることは出来ないだろう。

 それを理解したのか星乃の顔が絶望に染まる。


「や、だ……」


 その消えるような声を聞いた俺は、大きな陥没穴クレーターが出来るほどの力で地面を蹴る。

 出していたビジネスバッグをしまい、両手で剣を握って黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーに高速で接近する。


『ギ……!』


 危険を察知した黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーの体が透ける・・・

 どうやら裏の次元に逃げ込もうとしているようだ。そこなら普通の攻撃じゃ届かない。後は安全な所で高みの見物というわけだ。


「俺から……逃げられると思ったか?」


 俺は両手で剣を強く握り、思い切り振り下ろす。

 高速で剣を振るうと、まず音速の壁に当たる。それを超えれば衝撃波ソニックブームを起こすことが出来る。


 じゃあ更に高速で振るうと?

 俺は二十歳の時、そう疑問に思って空き時間ひたすらに剣を振った。


 ひらすらに振り、振り、振って。剣が完全に目で見ることが出来なくなり、風を切る音すらしなくなった時、俺の剣は次元の壁を捉えることに成功していた。


「我流剣術、次元斬」


 ぞる。という奇妙な音と共に俺の剣が次元の壁にめり込み、その裏にいる黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーの肩を斬りつける。

 まさか自分が斬られると思っていなかったのか、黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーは『ギア……ッ!!』と驚きと痛みに満ちた声を上げる。


「せいっ!」


 思い切り剣を振り下ろした俺は、次元の壁ごと黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーを両断した。

 ローブを両断された黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーは次元の向こう側で霧散し、消える。これで襲ってきたモンスターは全員倒した。だけど、


「田中……さん……」


 星乃の消えそうな声が俺の耳に入る。

 黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーを倒したにもかかわらず、彼女を囲む魔法陣は消えていなかった。


"なんで魔法解除されてないの!? 倒せてないの!?"

"倒しても魔法が解かれるとは限らんでしょ、残念ながら"

"確か黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーの魔法は一度発動したら止められないんだよな……当たらないようにするしかない"

"すぐ飛ばされないのいやらしすぎるだろ。見てるしかないのかよ"

"仲間をどうにか助けようとしたところを後ろから攻撃する習性があるらしいぞ"

"唯ちゃん! 行かないで!"

"え、どうすんのマジで。助けられないの?"

"なんか気持ち悪くなってきた"

"[悲報]田中、少女を助けられない。草"

"アンチてめえふざけんなよ"

"田中ァ! なんとかしてくれェ!"


 星乃の体は消えかけている。もう間もなくダンジョンの奥深くに飛ばされるだろう。


 俺はあらゆるパターンを想像し、今取れる最善の手を考える。

 ……これだ。これしかない。


 俺はポケットから回復薬ポーションを取り出し、探索者たちに投げる。


「それを使ってすぐに上に向かってください! 上層にさえ行ければなんとかなるはずです!」

「あ、あんたはどうするんだ!?」

「私は……こうします」


 俺は消えかけている星乃に近づき、彼女の震える体に触れる。

 すると星乃の周りを囲んでいた魔法陣が俺にもまとわりつく。これで俺も仲良く転移の対象ってわけだ。


「田中さん、何をしているんですか!? このままじゃ貴方まで……」

「約束しただろう? 『ここを出るまで孤独ひとりにはしない』ってな」

「――――っ!!」


 星乃は泣きそうな顔をしながら口を押さえる。

 膝の力が抜けて倒れそうになる彼女を、俺は抱き支える。セクハラと言われてしまうかもしれないけど、不可抗力なので許してほしい。


「あ、あの! 助けていただきありがとうございます! 私たちはこの恩を忘れません!」


 助けた探索者たちが俺に向かって敬礼する。

 俺はそれに頷いて返す。すると体が急速に透けていき……やがて強烈な浮遊感とともに、視界が真っ黒に染まる。


 こうして俺と星乃は……異常事態イレギュラーが起きているダンジョンの、奥底まで飛ばされるのだった。

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