第10話 田中、初めての人になる

「えー、突然配信を切ってしまい申し訳ありません。それではこれから彼女、星乃さんと一緒に異常事態イレギュラーが起きている西新宿断崖ダンジョンから脱出しようと思います」


"何事もなかったかのように始めるの草"

"孤独ひとりにはしないよ……"

"再開キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!"

"ちゃんとみんな覚えてますよ"

"配信再開(二分ぶり)"

"二分の間に何してたんですか!? 私気になります!"

"若い男女、何も起きないはずがなく……"

"ひとまず服は脱ぎました! 次は何をすればいいですか!?"


 相変わらず下世話な話が好きなコメント欄を無視し、俺は星乃と共にダンジョンを戻り始める。

 天井をぶち破りながら帰れるなら一番速いけど、そんな動きをしたら星乃はついてこれない。必然的に行きより時間はかかってしまう。


「大丈夫か? 自分の足で走れるか?」

「はあ、はあ、はい! 全然大丈夫です!」


 星乃は平気ですとばかりに明るい笑顔を浮かべる。

 パワーファイターである彼女は足が速いとは言えない。あまり飛ばしすぎないように気をつけなくちゃな。


「ところで星乃は他の人とパーティを組んだりしないのか? ギルドに入れなくても、誰かと一緒になら中層でも危なくはないと思うが」

「あー……。よくコラボのお誘いとかは受けるんですけど、なんか私に声をかけてくる人って、目が怖い男の人ばかりなんですよね……」

「なるほどね……」


 目が怖い、というのはつまり星乃のことを『狙っている』男なんだろう。

 配信は建前で、本命はその後。お持ち帰りを狙っているってわけだ。


 彼女は一見すると天然ですぐに騙されそうな感じがする。

 天然でおまけにとびきりかわいい子が一人で配信をやっていたら、そりゃ飢えた配信者オオカミに狙われる。

 今まで毒牙にかかってないのが逆にすごい。


「じゃあ俺が最初のコラボってわけだ」

「はい、そうなりますね!」

「はは、なんだか悪いな。こんなおっさんが初めてのコラボ相手で」

「そんなことありません! 私、初めての人・・・・・が田中さんで本当に嬉しいです!」


 星乃はそう言ったあと、自分がとんでもないことに言ったと気づき「あ」と顔を赤くする。当然コメント欄は大盛りあがりだ。


"はい『初めての人』いただきました"

"天然すぎるでしょこの子。俺が守護まもらなければ……"

"シャチケンいるし間に合ってるでしょ"

"初めての人があなたで嬉しいって一番言われたいセリフじゃん"

"おじさん胸がきゅんきゅんしちゃう"

"動悸定期"

"こいつらセッ**したんだ!!"

"この子もかわいすぎる。推したいから生きて帰ってきてくれ……" 


 何を言っても収拾がつきそうにないのでコメントは放置する。

 はあ、こんなかわいい子が俺になびくわけがないだろうが。視聴者たちも少しは現実を見たほうがいい。


「えっと、すみません。私また……」

「別にいいよ。視聴者も楽しそうだし」

「あの、でも私さっきの言葉は本当で……」

「――――ん?」


 俺は何か音を聞き、立ち止まる。

 すると星乃も「わわ!?」と慌てながら立ち止まる。


「ど、どうしたんですか?」

「しっ。何か人の声が聞こえる」

「え? 私には何も聞こえませんけど……」

「いや……あっちだ」


 耳を澄ませた俺は、音のした方向を確定する。

 間違いない。これは人の声だ。それと戦闘をしているような音も聞こえる。


"え、何も聞こえなかったんだけど"

"動画の音爆上げしたけど聞こえん"

"今のドローンってかなり高性能なマイク積んでるはずだけど……"

"シャチケンの耳がそれ以上に高性能なだけでしょ"

"※彼は特殊な会社で働いていました"

"田中イヤーは地獄耳"

"俺のソフトで限界まで音上げたら本当にかすかに人の声あって草。なんでこんなのが聞こえんねん"

"てかなんで人いるん?"

"朝何組かの探索者は入ったって言ってたからそれでしょ"

"……じゃあまずくね? 今異常事態イレギュラー起きてんのに"


 コメントの言う通り、その探索者たちが強いモンスターに襲われているならマズい状況だ。今すぐ助けに行くべきだ。

 だけど星乃のことも放ってはおけない。どうしようかと悩んでいると、星乃が俺の袖をくいと引っ張る。


「行きましょう田中さん。他の人を放って帰るなんて、私出来ません!」

「しかし……」

「私なら大丈夫です! 絶対に田中さんの足は引っ張りません。お願いします」


 強い意思のこもった視線で、星乃は俺をまっすぐ見る。

 死んだ魚の眼をしている俺とは対象的だな。こんな風に頼まれたのに断ったらこっちが悪者だ。


「……分かった。ただ危なかったら逃げろよ?」

「はい! ありがとうございます!」


 ふんす、と星乃は意気込む。

 ここまで来れば乗りかかった船だ。全員助けて地上に戻るとしよう。


「それじゃあ行くぞ。ついて来い!」

「はいっ!」


 俺と星乃は全速力で声のする方へ駆け出す。

 するとものの数分で声の主が見えてきた。


 そこにいたのは五人の探索者パーティ。彼らは迷宮魔術師ダンジョンソーサラーという厄介なモンスターと戦っていた。

 迷宮魔術師ダンジョンソーサラーは、黒い霧がローブを来ているようなモンスターだ。手には杖を持ち、そこから多様な魔法攻撃を放ってくる。


 霧のような部分に実体はなく、ローブを切ったり燃やしたりすれば簡単に倒せるけど、色々な魔法を使ってくるせいで苦戦する相手だ。


 こいつらは下層から出てくるモンスターだけど、異常事態イレギュラーのせいでここに現れたようだ。

 探索者たちは結構危なそうだ。急いで助けないと危ないな。


「本日二度目だが――――業務しごとの時間だ」


 俺は業務しごとモードに切り替えると、一気にモンスターたちの中に切り込むのだった。

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