第9話 田中、自分と重ねる

「ところで星乃はなんでこんな所に一人で来ていたんだ? 俺が言うのもなんだけど、中層に一人で来るのは危険だぞ」


 怪我の手当を終えた俺は、配信を再開する前に彼女に尋ねる。

 上層と中層では危険度が全然違う。オーガとある程度渡り合っていた彼女の腕なら上層なら平気だろうけど、中層は危険だ。

 中層のモンスターと正面からの殴り合いなら勝てるかもしれないが、中層だと後ろからの不意打ち、遠距離からの攻撃、毒やトラップによる攻撃など、モンスターが取ってくる手段が増えるんだ。


 良くも悪くも素直な彼女がそういうのに対応するのは難しいだろう。


「はい。本当に申し訳ありません……」


 しょぼん、と落ち込む星乃。

 無茶なことをしていたという自覚はあるみたいだ。


「私には危険だというのは分かっていました。でも上層だと視聴者数も伸びなくて……苦肉の策で中層に行ったんです。そしたらなぜかオーガに襲われて」

「視聴者数が伸びなくて焦ったのは分かるけど、それで死んだら元も子もないだろ? 見たところまだ星乃は学生だろ? そんなにガツガツ人気を取りに行かなくても……」


 そう言うと彼女はふるふると首を横に振る。


「私、母子家庭なんです。それで家が貧乏で、弟たちの学費も見なくちゃいけない。大学に通いながらお金を稼げるのは、ダンジョン配信者か水商売だけ。なりふり構っている暇は……なかったんです」


 そう言って彼女は悲しげに目を伏せる。

 どうやら思っていた以上に深い理由がありそうだ。適当に返事をしちゃいけないな。


「そうだったのか……。ならどこかのギルドに入ったらどうだ? 有名配信者ほどは稼げないけど、安定した収入は貰えるだろ」

「確かにそうですが、今は大卒じゃないと大手のギルドには入れないんです。高卒で入れるところはどこもお金が……」

「ああ……なるほど」


 今の就職事情には疎いけど、どうやら大卒じゃないと俺がいたとこみたいなブラックにしか入れないみたいだ。学歴社会の波がこっちにまで来ているなんて、なんとも悲しい。


「配信者をやっていれば、大手から声がかかることもあると聞いて始めたんです。お金もバイトをするよりは貰えますし」

「そんな事情があったのか。悪かったな知らずに色々言ってしまって」


 俺は頭を下げる。

 話したくないことを話させてしまったと反省していると、彼女は大きな声で「いや大丈夫です!」と叫ぶ。


「あの、私嬉しかったんです。今まであんな風に助けてもらったことありませんでしたので。それにその、抱っこしてもらった時とかも『お父さんがいたらこんな感じなのかな』って思って……その、なんか感動しちゃって」

「はは、いい話だけど父親っていうのは少しショックだな。そんなに歳いっているように見えるか?」

「あ。すみません! そういう意味じゃないんです! 田中さんは全然老けてなんか見えないです! 頼りになるお兄さんって感じで、ええと……」


 困ったように目をぐるぐる回しながら彼女は言う。


「嘘だよ。からかっただけだ」

「ほっ。なら良かったです」


 安心したような顔をする星乃。

 ……もしかしたら俺と彼女は似ているのかもしれない。


 俺も親が魔素中毒を起こして入院し、頼る人がいないから中卒で須田の会社で働き始めた。まだ中坊だった俺が親の入院費を稼ぐにはそれしかなかったから。

 ひたすらにつらく苦しい日々。俺が壊れなかったのは運が良かっただけ。もう少し長く社畜だったら壊れていただろう。


 そんな無限地獄に彼女もいるんだと思うと、急に悲しくなってきた。

 出来るだけ力になってあげたい、そう思った。


「大変だったな星乃……分かった」

「へ?」


 首を傾げる彼女の手を、俺は取る。


「父親の代わりになんてなれないけど、このダンジョンを出るまでは俺がお前を守る。絶対に孤独ひとりにはしないから安心してくれ」

「え、あ、あの……はい。よろしくお願いしますぅ……」


 ぷしゅ、と頭から湯気を出しながら星乃は答える。

 見れば顔もトマトみたいに真っ赤だ。ん? 何か間違えたか?


 俺は首を傾げながらスマホを見る。

 現状を伝えるためにも配信は有効な手段だ。そろそろ配信を再開しようかと思った俺は、とんでもないものを目にする。


「な、なんじゃこりゃ!」


"告白キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!"

"孤独ひとりにはしないよ……とか惚れてまうやろw"

"駄目だ、わいも女の子になっちゃう"

"男なのに胸がトゥンクしちゃった"

"耳が妊娠しました。たぶん三つ子です"

"俺の田中が……"

"わいの田中……"

"俺のシャチケンが……"

"とうとう田中ガチ恋勢しかいなくなって草"

"新しい名言が出ましたね。シャチケン名言集が厚くなるな"

"それにしても唯ちゃん、本当にいい子だな……こんどスパチャしよ"

"俺のボーナスも火を吹くぜ"

"二人ともお幸せに……結婚配信はしてね"

"[¥30000]少し早いですがご祝儀です"


 なんと配信は切れておらず、コメントが溜まりに溜まっていた。

 う、うそだ。俺は確かに配信を切ったはずなのに!


"あ、気づいた?"

"シャチケン、お前の熱い思い確かに届いたぞ!"

"配信切るボタンじゃなくて映像切るボタン押してましたよ"

"ボタン隣だから押し間違えちゃったね、草"

"思えば社畜の時も押し間違えだったな"

"押し間違え芸も板についてきましたね"

"音声だけっていうのもいいもんでした。想像力がかきたてられる"

"もうDチューブに『シャチケンASMR』上がっているの草なんだ"


「え、あ、う……しゅ、終了!」


 俺はパニックになりながら、今度こそ配信を切る。

 まさかボタン押し間違えをまたやってしまうとは……不覚だ。


「えっと、ごめん。星乃の身の上話、聞かれてしまったみたいだ。悪いな」

「い、いえ! 別に隠していることじゃないので大丈夫です! それよりも田中さんの言葉が広まってしまうことの方が、まずいんじゃないですか?」


 赤い顔をしながら申し訳無さそうに星乃は言う。

 おかしなことを気にする子だ。


「俺は別に聞かれて困ることは言ってないから構わないさ。さっき言ったのは全部本心だからな」

「あひゅっ」


 再び頭からぼふっと湯気を出す星乃。

 不思議だ……どういう構造になっているんだろう。そう言えば昔も天月が同じ様なことをしていた記憶がある。


 今度会ったらどうやって出しているのか聞いてみてもいいかもしれないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る