第25話
陽気な人々で賑わう飲み屋街。
大きな声で店に呼び込むキャッチーと、仕事帰りのリーマンでごった返している。勿論、既に酒が回った者もいて、お互いに肩を組み合い、大声でペチャクチャと話している。
どこにも面白味がないのに、喋っているだけで彼等は楽しいようだ。顔を見合わせて、ゲラゲラと笑みを絶やすことはない。
「ここか〜?
仕事終わりの間宮湊は店の看板を確認する。
『佐枝教団ホルモン焼き太郎支部』
マップに指名された通りの、お店である。
油塗れで汚れているのは、それだけ地元に根付いている証拠だ。
「……ネット検索したときに出てきた写真とは大違いだな」
世の中には実物と写真で違うことはよくある。
マッチングアプリで会おうと約束した美女が、実際に会ったら体重100キロ超えのおデブちゃんだったとか、転換手術済みの元男だったとか、怪しげな宗教団体へと入信を進める不思議ちゃんだったりとか。
「まぁ、これぐらいは許容範囲だな」
料理店は見た目だけで決めてはならない。
安さと美味さが重要なのだ。この店、食べ飲み放題3000円だったし。
「教団とか書いてるけど怪しいお店じゃないよな……」
だが、次の瞬間にはどうでもよくなってしまう。
店内の排気口から漂う美味そうな肉の香りに惑わされて。
ガラガラとドアを開くと、忽ちに食欲を掻き立てる香りが押し寄せてくる。数秒も経たないうちに、謎の金髪巨乳美女が接客に来てくれた。
「お客様は迷える子羊ですか?」
藍色の修道服を身に纏い、その上からエプロンを着ている。
見るからに、変な格好だ。本当に怪しい教団なのかな??
「お客様は迷える子羊ですか?」
「は、はい……? ええと」
「迷える仔羊ですか? それとも群れをお持ちですか?」
「あ、あと、友達が先に来てて……」
「群れ持ちですね。では、群れへどうぞぉ〜」
間宮湊は辺りをキョロキョロして、亜梨沙を探してみる。
すると、見慣れたアッシュグレーのバカが手を振っていた。
ワンショルダーの黒シャツを着ている彼女は、遠目からでも下着の紐が丸見えだった。女性らしさ皆無なところが、逆に喋りやすいのだが。
「こっちだぁ〜。早く来いぃ〜。ミナトぉ〜!!」
バカ声を上げるのは、
一目見ただけで一般人ではないと分かるアッシュグレー色の頭に、パンクロッカーみたいな鎖をジャラジャラ付けてるヤバい女である。
「お前は相変わらずだな。亜梨沙」
「んあぁ? 何だ、それ。オレに文句言ってるのか?」
蟻澤亜梨沙は、オレっ娘だ。一人称がオレなのである。
間宮自身も初めて出会ったとき、現実に俺っ娘がいるのかと驚愕したものだ。慣れてしまった今では、特別驚くこともないのだが……。
「文句しかねぇーよ、突然誘ってくるし。もっと早めに言えよ」
テーブル座席に座った湊は、おしぼりで手を拭く。
「オレだって忙しいんだよ。休みなしでずっと働きっぱなし。毎日会社に寝泊りで、全然お風呂とか入れないんだからな。それでも仕事が全然追いつかないし……。最近、スマホゲーム業界にも参入して、それが軌道に乗ってからは……特に忙しくて……イライラが止まらねぇーんだよ!!」
「だから、その愚痴に付き合えって話か? まぁ、聞いてやるよ」
事前に、亜梨沙が注文したらしいが、食べ飲み放題である。
湊も自分が大好きなカルビと牛タン、それと生ビールを注文した。
次から次へと、亜梨沙の口から放たれる業界への愚痴。
給料が低い。休みが少ない。毎日残業詰めで働き三昧。もう疲れた。
だが、喋る彼女の瞳は死んでいなかった。寧ろ、キラキラと輝いていた。実に楽しそうだった。業界の最前線にいることを誇りに思って。
「——まぁ、大変なんだけどさ、最近良いこともあったんだ」
本来ならば、同じ場所に立っていたかもしれない世界の話。
もう今ではその夢は叶わないと分かっている。
それでも、恋い焦がれてしまう業界。
そこの第一線で戦い続ける、元戦友は自慢気な表情で言う。
「実は、オレがメインイラストのゲームを作ることが決定した」
蟻澤亜梨沙は、同人サークル時代から才能を持っていた。
彼女の美しい絵があったからこそ、間宮たちのサークルは成功した。
そう言っても過言ではなかった。
勿論、他メンバーの尽力があったことも間違いではないが。
「やっぱりお前はスゲェーな。天才だよ、俺が見込んだ通りのな」
「……あぁ、オレは天才だ。お前の想像を絶するほどのな」
蟻澤亜梨沙の声が徐々に小さくなっていき、暗い表情になった。
メインイラスト担当のゲームを作る。大変喜ばしいことのはずなのに。
だが、亜梨沙は湊の顔を少しだけ窺ったあと。
「…………ミナト、オレはお前が欲しい」
「んぁ? 俺が欲しい? 何言ってんだ? お前」
意味が分からないという表情を浮かべる間宮湊。
そんな彼に対して、亜梨沙は真剣な顔で申告するのであった。
「オレが担当するゲームシナリオを、お前に書いて欲しいんだ!!」
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