第26話

 夢にも思わなかった言葉を吐かれて、間宮湊は放心状態に陥っていた。

 目の前に居るバカ女が何を抜かしているのかと、疑問に思ったまである。だが、彼女が放った言葉を冷静に頭の中に落とし込む。


——オレが担当するゲームシナリオを、お前に書いて欲しいんだ!!


「この俺に書けってことなのか……?」


 シナリオライターになりたかった。

 ゲーム業界を引っ張っていく最強のライターに。

 学生時代に自分が熱中し、恋焦がれた憧れの作家のように。


「……だ、ダメか?」


 普段からやかましい女だが、今だけはしょんぼりとしている。

 自分と一緒に仕事をしたいと言ってくれるのは大変嬉しいことだ。

 だが、その前に確認を取る必要があると、湊は思った。


「お前それ本気で言ってるのか?」

「誰がウソを吐くんだよ、こんな場所で」

「そうだよな……お前がウソを吐くメリットとかねぇーもんな」

「で、どうなんだ? やるのか? やらないのか?」

「いやいや、待て待て。ど素人な俺がゲームシナリオなんて」

「いいや、ミナトなら確実にできる。オレはそう信じてる!!」


 どこからその自信が湧いて出るのかは分からない。

 それにしても大変困ったことになった。

 文章を書いて食っていきたい。その気持ちは少なからずあったし、今でもその熱き想いは留まることを知らない。それにも関わらず……。


「どうしてだろうな。いざってなると、怖くなっちまうなんて」


 情熱だけはある男は震えてしまう。ガクガクと足が動き、膝の上に置いた手は小刻みにブルブルなっている。今まで感じたことがない恐怖と興奮が押し寄せる。


「お前は絶対にゲーム業界に戻ってくる人間だよ」


 何度も何度も夢見た世界が、手を伸ばせばあるのに。

 自らの手を伸ばすのに、億劫になってしまうのだ。


「お前のシナリオ能力はもっと認められるべきだ」

「もっと認められるべき……?」

「あぁ、まだ誰も気付いてないが、オレは知っている」


 蟻澤亜梨沙はアッシュグレーの髪を掻き毟った。

 この世界の愚民共は、どうしてこの男の能力に気付かないのか。

 と、苛立っているかのように。


「プロの世界ではストーリー構成も独特な文章表現も下の下だ」


 だがな、と呟いてから、蟻澤亜梨沙は瞳に炎を燃え上がらせて。


「お前のキャラは生きているッ!! お前が魂を込めたキャラは生きてるんだよ!! テキスト上の話じゃない!! その物語内に生きているのが、しっかりと伝わってくるんだよ!! もしかしたら現実にこのキャラがひっそりとどこかで生きてるんじゃないかと錯覚しちまうぐらいに!」


 捲し立てる。まだまだ勢いは止まらない。


「アニメや漫画を見てると、このキャラ、作家の思い通りに動いてるなぁーと思うことねぇーか? キャラとしての魅力がないというか、規定通りに動いてばかりで人間味が全然ない奴がさ。ロボットみてぇーで、オレはだいっきらいなんだ。あんな奴等を見てるとよ、意思がない人間はよ」


 日頃の鬱憤が溜まっていたのか、蟻澤亜梨沙は言いたい放題だった。

 周囲の目を集めているのに気にする素振りは全くない。

 ただ、バカ女の主張は終わったらしく、満足気な表情だ。


「つまり、お前は何が言いたかったんだ?」


 内容は支離滅裂で、結局何を伝えたかったのか全然分からなかった。

 兎に角、キャラメイク能力が凄いとは分かったが……。


「あぁ、分かりやすく説明してやるよ」


 レモンサワーをぐびっと飲み干し、亜梨沙は大声で叫んだ。


「お前はセックスしたいと思える女を描くのが超絶うめぇーんだよ!!」


 セックスという発言に、またしても周囲の目線を集めるのだが……。

 いや、もう無視だ。無視。わざわざ他人の目を気にしてたらダメだ。

 冷静な湊は頭の中をバカにして、深く考えることを放棄した。


「どこでお前はその能力を培ったんだぁ〜? 教えろぉ〜、この野郎!」

「……い、いや。まぁ〜そ〜いう才能があったんだよ、多分」


 口が裂けても言えない。

 モデルはサークル時代の戦友だった女の子たちだったなんて。

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