第7話:ターニングポイント①
外泊を認めたつもりはない。
夫婦でも、彼氏彼女でもない男女が同じ屋根の下に泊まるというのは不健全。
湊はそう判断し、美乃梨を家に帰すことにした。だが、今回は対策がある。
「葉月さん。家まで送りますよ」
家から押し出したところで、素直に帰ってくれる人ではないのは百も承知だ。
如何に相手の心情を読み解き、ご機嫌な状態で帰させるかが重要なのである。
「湊くん……私の家に泊まりたいの?」
「誰もそんなこと言ってませんよ」
「でもでも、送ってくれるんでしょ?」
「送る=家の中で押し倒されるみたいな勘違いしないでもらえますかねぇー?」
「湊くん、甲斐性なしだもんね」
「無責任男みたいな言い方やめて!」
ヤッても認知しない最低男。
そう評価を下されつつも、湊は美乃梨を外に追い出すことに成功した。
マンション内は物音一つないぐらいに、静寂に包まれている。自分たちの喋り声だけがやけにうるさく感じ、お互いに顔を見合わせて、口を止めてしまう。
「タクシー呼びますか?」
「大丈夫だよ、すぐ近くだから」
「あれっ? そうでしたっけ?」
「一年前ぐらいにね、引っ越したの」
引っ越したとは初耳である。
でも、間宮が住む地域は、JRも地下鉄もバスも揃っており、交通の利便性は高い。全てが徒歩3〜5分内にあるし。
「うん、すぐそこだよ! ほらっ!」
美乃梨が指さすのはロビーを出て、道路を挟んだ真正面にある大きな建物。
地元では高級マンションと名高く、お金持ちが住んでいるという噂の物件だ。
「……こんな近くに住んでたなんて」
今まで気付かなかった。
仕事場への道のりは同じはずなのに。
行き帰りの途中でバッタリ出会うという展開があってもおかしくないのに。
「隠してるつもりはなかったんだけど」
ただ、二人の会社は、フレックスタイム制を導入しており、一部規制があるものの、自由な働き方ができるのである。
「湊くんの出勤が遅いからじゃない?」
「そ、それは……」
「会社の方針だから、私は自由にしていいと思うけど。早起きは三文の徳だよ」
「夜更かしは深淵への門戸ですよ」
「自分で深淵って言ってるじゃん!」
「夜更かしはですねー!!」
間宮湊は、夜更かしの重要性を語る。
手始めに、深夜帯に食べるカップ麺が如何に美味いのか。お次に、夜空を見上げて、感傷に浸る時間の有意義性。
そして、最後に——。
「夜更かしは過処分時間を無限大にするんですよ。寝ない限りは自由なんです」
明日の仕事は悪影響は出るけれど。
たった一人が不調なだけで影響が出る。それは会社の根底に問題がある。
というのが、間宮湊の持論だ。
「ねぇ、湊くんはさ。自由が欲しい?」
「好きなことだけで生きていく。それを達成したいとは思いますよ。やっぱり」
「それならさ、私と結婚しようよ」
結婚……?
何言ってるの……?
この人、やっぱり頭おかしいの?
結婚って、段階もっと踏むべきだよ。
「ええと、あ、あの……ごめん。帰る」
カァッと紅葉色に染まる白い肌。爆弾発言だと気付いてしまったのだろう。
「今の発言は忘れて……急だったよね」
恥ずかしい気持ちがあるようだ。
真っ赤に染まった顔を抑えて、美乃梨は「もう……バカバカ」と呟いている。
「ええと。あの。また明日ね」
取り繕ったように言うと、尊敬する上司様はマンション内へと入っていく。オートロック式で、警備員も常駐らしい。
流石は県内有数の高級マンションだ。
「それにしても——」
一人残された間宮湊は踵を返す。
目的地は自宅一択。
歯磨きして、寝床へ着こう。
その後、暗くした部屋で、映画でも。
そんなことを思いつつ、呟いた。
「葉月さんも可愛いところがあるんだ」
葉月美乃梨には境界線があるのかもしれはい。今回はその範疇を超えてしまったので、無性に気恥ずかしくなった。
と、考えるのが優勢かもしれない。
「まぁ……見た目だけは最高だからな」
正直に語ろう。
間宮の本心は満更でもなかった。
美人な女上司から無条件に愛される。
勿論、ウザい部分もあるし、やめてくれと思う箇所もある。
だが、それ以上に、社内で評判の美人様を独り占めしている気分。言わば、彼女の恋心は自分のモノだという所有欲。
「……葉月さんは俺のモノなんだ」
男ならば、誰もが思うだろう。
美女を侍らせ、自分の手元に置きたい。それも、自分の言うことを何でも聞く純情な子を手に入れたい。あわよくば、頼めばヤラセてくれると尚よしと。
要するに——。
「あの女だけは絶対に誰にも渡さない」
邪悪な気持ちしか持たない間宮湊。
「だが、性格が面倒だ。それなら——」
そんな彼が野心を誓っていた頃——。
マンションのエレベーターに乗った葉月美乃梨は口元の緩みを止められなかった。もう少しで、大好きな彼を籠絡できると思って。——否、勘違いして。
「湊くん……好きだよ、愛してるよぉ」
カラフルな布切れを鼻に押し付ける。
オスのニオイだ。間宮湊のニオイだ。
彼女が手に持つのは男性用のパンツ。
風呂場のカゴに入っていた脱ぎ立て新鮮なものを持ち帰ってきたのである。
「……絶対に堕としてやる。もう湊くんが私のこと以外考えられないようにしてやる。一生私のことだけ見ててもらう」
理解していた。
間宮湊がどこか釣れない男だと。
単純な色仕掛けで堕ちないと。
一筋縄な男ではないと。故に——。
同時刻。
少し離れた場所で二人は誓うのだ。
「「——あの人を調教するしかない」」
自分好みの人間にならないならば。
自分好みの人間に変えればいい。
二人はその結論に辿り着いたのだ。
これは——。
「俺好みの、どスケベな女にしてやる」
都合が良い女が欲しい男と。
「私好みの、理解力のある男にするね」
自分の愛を全て受け止めて欲しい女。
強欲な二人の激闘を描く物語である。
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※作品のコンセプトは変わりません
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