タイトル:珍しいバイトをしてきた

TK

タイトル:珍しいバイトをしてきた

君は、一目惚れをしたことがあるだろうか?

一目見た瞬間に恋心を抱いてしまい、やるせない気持ちになったことはあるだろうか?

一目惚れという現象を冷静に捉えると、なんだか浅はかなものにも思えるかもしれない。

内面を知らないのに恋心を抱くなんて、馬鹿げた話だと思うかもしれない。

僕も一目惚れに関しては、あまり肯定的な意見を持ってはいない。

たった今僕は、素性を全く知らない女性に向けてブログを投稿した。

もちろん、その女性が僕のブログを読む可能性は限りなくゼロに近い。

例えて言うなら、税金で豪遊する政治家が消滅するくらいの可能性しかないだろう。

それでも、完全なるゼロよりはマシだ。

一縷の望みさえあれば、人はそこに安らぎを見出すことができる。


***


タイトル:珍しいバイトをしてきた

今日はちょっと珍しいバイトをしてきたので、ストーリー形式で語っていこうと思います。


僕は今、ある大学の研究室に向かって歩みを進めている。

向かう意図は、ドライビングシュミレーターの実験に参加するためだ。

「自動運転車の安全性向上・運転範囲拡大のための研究」と題した実験に参加する人間を、大手の派遣会社が募っていた。

条件を見ると、午前中に終わるし時給も高い。

しかも、ドライビングシミュレーターをゲーム感覚で運転するだけだ。

売れないフリーランスにとって魅力的な案件であり、迷わず参加を決意した。

最寄り駅から15分くらい歩いたところで大学に着くと、そこにはなだらかな上り坂があり、未来ある学生達が力強い足取りでそれぞれの目的地に向かっている。

派遣会社が発行している就業情報を確認すると、「14棟のピロティにてお待ち下さい」と書かれていた。

ただ、一体どこに14棟があるのかわからないし、ピロティという単語もイマイチ意味がわからない。

まあこれは、派遣仕事あるあるだ。

初めて訪れた場所では右往左往するのが必然なので、早めに到着するのが定石である。

構内に設置された案内板を見てなんとか14棟の場所を把握した僕は、自動ドアを通り中に入った。


「検診ですか?」

「え?」

中に入った途端、医療者と思われる格好をした男性から声をかけられた。

「検診を受けに来た学生さんですよね?」

「いえ、ある実験に参加するために来た者です」

「あっ、そうですか。失礼しました」

どうやら今日14棟では、学生が検診を受けているようだ。

僕は完全なる部外者なのだが、まあ検診のために来た医療者に見分けがつくわけもない。

声をかけられた場所がおそらくピロティだったので、僕はそこで研究室の方が迎えに来るのを待った。


ちょうど仕事開始時間になった頃だろうか、遠くの方から近づいてくる女の子の姿が目に入った。

「派遣会社から来た方ですよね?」

「はい、そうです。よろしくお願いします」

研究室の責任者、つまりは教授のような人が来ると思っていたのだが、その子は明らかに学生であった。

気に触ったら申し訳ない。その子は明らかに周りの学生に比べて垢抜けていなかった。

黒髪のショートヘアー、眼鏡、薄暗い茶色のセーター。それは、際立って地味だった。

ちなみに、履いていたズボンの色は全く覚えていない。

なぜなら、人と向き合う時は上半身に目線がいっているからだ。

覚えていなくてもおかしくはないだろう。

ちなみに「薄暗い茶色のセーター」という表現も、正確である自信はない。

ここまではディスが多めだが、これ以降は褒め殺す。

目・鼻・口・肌、そのどれもがこの上なく綺麗で透き通っていて、一目見た瞬間に心惹かれた。

好きな顔のストライクゾーンを誰しもが持っているが、そのド真ん中を撃ち抜いていたのだろう。

この時点ではたった一言しか言葉を交わしていないが、この子が上品で聡明であることが不思議と伝わってくる。

僕の理想を具現化したような存在であり、この日が忘れられない思い出になるのは容易に想像できた。

「よろしくお願いします。では、研究室にご案内します」

挨拶もほどほどに、彼女は地下にある研究室へと僕を導いた。


「こちらです。どうぞお入りください」

研究室は多種多様の機械が散乱しており、良い意味で無骨な雰囲気を漂わせていた。

気取った綺麗な場所よりも、こういう感じの方が僕は好きだ。

下に物が置かれすぎて満足に足を伸ばせない机に座らされると、彼女は資料を指さしながら淡々と説明を進めていった。

「これが、今日の実験の内容です」

具体的にどこの指かは覚えていないが、その説明の途中、小ぶりな指輪をはめている様子が目に入った。

多分、親指と小指ではなかったと思う。

この時僕は、「この指輪は自分で買ったものだろうか?それとも彼氏から貰ったものだろうか?」

というくだらない妄想をしていました。お姉さん、ごめんなさい。

「では、同意書の方にサインをお願いします」

同意書に目を通すと、

「いつでも同意を撤回していいこと」

「実験データの削除にはいつでも応じること」

「個人の特定に繋がるような発表はしないこと」等の配慮が細かく記載されている。

今はたった1つの些末なミスが命取りになる時代だ。

火種はどんなに小さくてもいい。ネットの住人はそれを躍起になって大火事へと昇華させる。

こういう時代だ。配慮に配慮を重ねるのも当然のことだろう。

「では、着いてきてください」


研究室の奥へ進んでいくと、そこには1台の軽自動車があり、その周りを巨大なスクリーンが取り囲んでいる。

その光景を見て、僕はちょっと情けない気分になった。

過去の自分の大学生活と比較してしまったのだ。

頻繁に講義を休んでいたし、研究と言えるものは何もやっていなかった。

当時の僕よりも遥かに意義のある時間を、彼女は過ごしているに違いない。

「では、荷物は助手席に置いて頂いて、運転席に座ってください」

「はい、わかりました」

そこから彼女に指示されるように、表示される道を走り回った。

右折するタイミングで「歩行者に注意して下さい」といったアナウンスが鳴ることがあり、

そのアナウンスを聞いて何を感じたかを幾度となく彼女は聞いてきた。

彼女は、とても熱量が高い人間だった。

僕の感想に耳を傾けながら、必死にメモを取っている。

「じゃあこれが最後の運転です」と言った後に、「すいません、もう一回だけお願いします」と催促してきた。

この実験を、できる限り有意義なものにしようとする姿勢が伝わってくる。

僕は、物事に淡々とかつ熱心に取り組める人間が好きだ。


「では、出口までご案内します」

地上に上がるエレベーターの前まで行ったところで、彼女は次のようなことを呟いた。

「階段で上がってもいいんですけど、今検診をやっているので使えないっぽいですね・・・」

それを受けて僕は次のように返した。

「あっ、検診やってましたもんね」

とりとめのない会話が、僕らが他人同士であることを強調する。

エレベーターで地上に出た僕らは、最後の言葉を交わした。

「今日はありがとうございました」

「はい、ありがとうございました・・・。あっ、あの!」

「・・・?」

「け、研究頑張ってください!」

「・・・はい!ありがとうございます!」

上辺の想いを述べた僕は、帰路についた。


まあこんな感じのバイトでした。

今ではその子がこの上なく魅力的であった旨を、一言でも伝えられれば良かったなと思っています。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!


***


「・・・」

バカバカしさと安らぎと希望を感じつつ、僕はパソコンをシャットダウンした。


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タイトル:珍しいバイトをしてきた TK @tk20220924

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