042 「えがおがへただね」
――たわし。
たわしが付いてた。
艷やかでしっかりした毛並みの茶色いたわし。
あらかわいい、何歳なのかしら。
――。
――――。
――――――。
――――――――おっかしいでしょ……。
ネットでたわしを散歩させてる写真は見たことあるけど、それはただのおふざけだ。
まさか本当に、それも人がいっぱいのエオンで堂々と……。
しかもやってるのは銀髪碧眼の、多分私と同い年くらいの女の子。外国の子かハーフなのかは分からないけど、奇行に走るようには全く見えない美少女だった。
でも現在進行形で
アケノといいママといいムラクモさんといい、私の周りにいる変な人はもれなく魔女だ。
むしろ変なことが魔女のアイデンティティ。
私? 私はまともだよ。
「とりあえず、迂回しよ……」
君子、危うきに近寄らず。
すさささと遠回りして、私は入口へ向かった。
とりあえず三階の本屋さんへ。
やっぱりお客さんは多くて、エスカレーターも長い列になっている。
がこがこ上がりながら下を覗けば、人の頭が小さく見えた。
揺れてるせいか、落ちそうで怖い。
見なきゃよかった。
それでもなんとか三階に着いて、私は歩みを進める。
ここは何度も来てるし、お店の場所は記憶済み。ジュエリーショップと服屋さんの先で本屋さんが待っている。
エオンならでは、カーペットの床を踏みしめながら、歩調は少しずつ上がっていって――。
「――――――うわぁぁぁん!」
「――っ!?」
柱の裏、金切り声とともに飛び出すシルエット!
びくぅ! と飛び退く私――って。
なんだ、女の子か……びっくりした。
周りをちらりと見渡す。
お母さんかお父さんがすぐに来るかな、って思ったけど、それらしい人は…………うーん……。
いないってことは、迷子かなぁ。
もしそうなら。
「――――ね、そこのあなた」
「あぁぁぁぁぁ…………あぁん?」
「えっと……パパかママは? 一緒じゃないの?」
「ふぇ……だいじょうぶです、まにあってます」
――いや勧誘とかじゃないんだけどな。
「うーんと、もしはぐれちゃったとか……そういうのだったら、お姉さん手伝うよ?」
「ふぇぇさらわれる……やみバイトのひとですかっ」
「違いますお姉さんは魔女です!」
「……もじょ?」
「まーじょっ!」
まじょ、まじょ……と何度か反芻する女の子。
抱えたぬいぐるみの腕をぴこぴこやって、首を傾げて。
「――まじょっ!?」
ぐい! と身を乗り出してきた。
頷いたら、目をキラキラさせて飛び跳ねて、ぬいぐるみへ話しかけた。
「すごいっ、すごいねまじょだよ、きねんかんみかさっ!」
きねんかんみかさ……記念艦「三笠」?
え、横須賀にあるやつだよね……?
東郷平八郎とか日本海海戦とか……あんまり覚えてないけど歴史で習った気もする……。
――――ぬいぐるみ、どう見てもクマなんだけど……。
「その子の名前、記念艦三笠っていうの……?」
「うんっ! 『きねんかん』がみょうじで、『みかさ』がなまえっ!」
そ、そうなんだ?
しゃがんだ私に満面の笑みで教えてくれる女の子。
そこでふと気付いた。
さっきまでの不安そうな様子、なくなってる。
最初の感じだと十中八九迷子だよね?
いつの間にか泣き止んでるし、この調子で仲良くなりつつインフォメーションセンターに連れてってあげて、放送で家族の人を呼んでもらえれば。
よしっ。そうと決まればおままごとだ。
「――その子……三笠ちゃんは好きな食べものとかあるの?」
「うん! にんげん! わるい人を食べちゃうの!」
怖っ!? そこはクマ準拠なんだ……。
「へ、へぇー……怖くない?」
「うん! わるい子じゃないからこわくない!」
「えとえと――じゃあ、好きなこととかは……」
「
「えぇ……」
クマなのか戦艦なのかはっきりしてよ……!
てかマニアックすぎて私知らないよ!
いや待って、にんげんが好物って兵器だからってこと? 怖すぎるよ!
「く、詳しいんだね?」
「このまえ、おとうさんとみにいったの! ほんもののみかさ! おとうさんがぜんぶおしえてくれたの」
あー、なるほど。
小さい子って影響されやすいものね……。
お父さんのせいか。
「………………おとうさん……」
おっと。
「――お姉さんの名前、理珠っていうの。あなたのお名前、教えてくれない?」
「…………みのり」
「ありがとう。みのりちゃん、今日は一人で来たの?」
「ううん。おとうさんときたの」
「そっかそっか、もしかしてはぐれちゃった?」
こくりと頷くみのりちゃん。
やっぱりそうだよね。それなら……。
どこではぐれたにしろ、インフォメーションに行くのがいいだろう。
私は立ち上がって、にこりと笑う。心配ないよ、と表情で伝える。
「じゃあ、お姉さんと一緒にお店の人に聞いてみよっか。お父さん呼んでもらおっ!」
「うん……」
私の手をきゅっと握り、みのりちゃんは顔を上げる。
私に目を合わせて、ひとこと言った。
「……りずおねえさん、えがおがへただね」
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