038 「解毒一択ッ」

「……大丈夫? そんな辛いの?」


「かりゃい……水では引かぬ……だから山椒はヤなのじゃッ」


 じゃッ、のところでべっと舌を出すアケノ。

 高飛車な普段の性格とは真逆の、素直で子供っぽい仕草。ものすごいギャップだ。

 ……あなた、もうそのキャラで行きなさいよ。そのほうが絶対人付き合い上手くいくよ。


 まぁそれはそうとして。


「なんか飲み物なかったっけ……? 辛くなくなるやつ」


「あ、ラッシーじゃない? 甘酸っぱいやつ!」


 そうだそれだ、ラッシーだ。

 ボクも飲もうかな! とノリノリなナオと一緒にメニューを開く。






「Drink/飲みもの」


 ●プレーンラッシー 400yen


 ●マンゴーラッシー 450yen


 ●解毒ラッシー   450yen



 ――――――――――――――――






「皇さん、プレーンとマンゴーと解毒があるけどどれにする? ボクはマンゴーにするよ」


「ハヒィッ……解毒一択ッ」


「私はパス……てか二人とも、さっきから順応しすぎじゃない?」


 解毒……? 解毒ってなに?

 私が理解しようと唸っている間に、ナオが店員さんを呼んで注文する。

 テーブルとキッチンはあまり離れていなくて、からからと作業の音が聞こえてきた。


 

 ――解毒イチ、マンゴーイチ!


 ――――解毒マンゴーハァイ!


 

「楽しみだなぁ……ラッシーも初めてだよ!」


「そうか、それは良かったの……ゴフッ」


「……アケノ、無理して食べなくても」


「無理などしておりゃん! ヒュゥッ、カヒュッ」


「いや息の音死にそうじゃん……」


 さすがに心配になってきた。

 アケノは涙目で一心不乱にスプーンを動かし続ける。まるで何かに取り憑かれているかのようだ。

 

「――ほら、ラッシー来るまで休んだら?」


「ヤじゃ! 皇家の魔女として、逃げることは恥ッ! それも異国の料理ごときに屈する訳にはいかんッ!」


 だんっ、と拳を叩いて力説するアケノ。

 プライドに取り憑かれていた。


「それにとっても美味いしッ!」


「……いやなんでデレた」


 真っ赤な――あと一歩で限界なんじゃないかって顔で食べ続けるアケノにため息をつきつつ、私はもりもりとナンをちぎる。

 意志を貫く、それもアケノの生き様なのだろう。

 それなら私は邪魔しないことにするよ。

 

 ――明日、絶対お尻痛くなると思うけど。


「ハイマンゴーラッシー!」


「ボク!」


「解毒ラッシー!」


「ワシッ!」


「……オネーチャンのはナッシー」


「わかってます」


 笑いながら店員さんが去っていく。

 なんとかラッシーが間に合った。


 ようやくアケノがスプーンを手離し、がしりとグラスを掴み――――ぐびっといった。

 ナオと二人してビールのCMのような飲みっぷり、挟まれる私。

 どんとん中身が減るわ減るわ……はっや!? もう半分切っちゃったよ!


「マンゴーうまーっ!」

「…………プァーーーッッッ効くゥーーーッッ!」


「――仕事終わりのおっさんいる?」


「おや、もう辛くないのじゃ」


「……嘘でしょ」


「まことじゃ」

 

 どん、とアケノはグラスを置いて、満足そうに頷いて。


 不意に、にへらぁと気持ち悪い笑みを浮かべた……。

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