034 「ここ喫茶店じゃないか」

 学校から十分くらいは歩いただろうか、私たちはお店の前で足を止めた。

 ママにもらったメモを見る。

 簡単な地図と、住所。そしてお店の名前。

 

「――『ダルダル』。やっぱりここで合ってる……」


「ふむ。それにしては店構えに違和感があるが」


「違和感どころじゃない! どう見てもカレー屋さんじゃないって!」


 落ち込むナオが見上げた先。

「ダルダル」と大きく書かれた店名の横には――。


 コーヒーカップのイラストがあった。

 看板もこげ茶を基調としたシックなデザインで、エスニックというよりアンティークなテイスト。


「……ここ喫茶店じゃないか!」


「よく見るのじゃナオよ、『カリーあるよ』と小さく書いてあるぞ?」


「喫茶店のカレーは『カレーライス』なの! 『インドカリー』じゃないんだよ……!」


 アスファルトに拳を打ち付けるナオ。

 そんなに楽しみにしてたの?

 てかその熱量はどこから来るのよ……。

 

 ――――あれ? でも。


「――めっちゃスパイシーな香りしない……?」


「むしろコーヒーの香りなど微塵もせんな」


 鼻をひくつかせるアケノ。

 ナオがぴっ、と顔を上げる。

 ううん? とじっくり看板を眺め、ぽんと手を打った。


「――よく見たら、喫茶店とは書いてないね。『カリーあるよ』しか書いてない……だったら本格カレー屋さんの線も消えてないよ!」


 ナオ……それはちょっと無理があるんじゃ――。


「とりあえず入ってみようよ! リズはどっちにしろ修行なんだし!」


「そうじゃな。行くぞよ理珠ッ!」


「えっえっえっ……あーうん」


 こんにちはー、とドアを開けるナオ。

 カランとベルが鳴る。 

 ……やっぱり喫茶店じゃない?

 ドアも重そうな木のやつだし、むわっと香る店内の空気も――――――。


「「「――――――スパイシィ」」」


 めっちゃカレー臭。

 冒涜的なほどにカレー臭。

 思わずみんなで呟いちゃうほどスパイシィ。


「……カレー屋さんじゃないか!」


 ナオが嬉しそうに言った時、奥からガラガラと人の気配。

 続けてカラーン! と音がして、ガラララララ……カーン。イケネッ! シンク入れトイテ!



 ――――大丈夫? ボウルとか落としてない?



「イラッシャーイ! サン名?」


 あ、これ間違いなくカレー屋で合ってる。

 そんな説得力がある容姿の店員さんだ。

 私が頷くと、ニカ! とボリウッド式スマイルでキッチンへ戻っていった。


 いやあの、席は……?


「いつまでつっ立っとるんじゃ理珠、早うこっち座れ」


 振り返れば、アケノは空いている四人席――というかお客さんは私たちしかいないけど――へ荷物を置いていた。

 ナオも続いて座る。


 いいのかな? いいのか。

 アケノはこういうとこ来たことあるっぽかったし。


「はぁ……」


 私はため息を付きながら腰を下ろした。

 ここじゃ! ここじゃ! と自分の隣を猛烈にアピールするアケノに対しての、である。

 座ってあげたけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る