030 「うさぎどんのお話して」

「――アケノ……え、なんでここに」


「ゴブリン捜索の途中でな。理珠が見えたから降りてきたのじゃ」


 箒を肩に担ぎ、すたすた歩いてくるアケノ。

 唖然とする私に、びしりと指を突きつけた。


「――基礎魔法は、今のようにがむしゃらにやっても上手くはいかぬ。もっと丁寧にじゃッ!」


「丁寧にって……てかなんで基礎魔法やってるの知ってるのよ……」


「これじゃ」


「――――――はぁ……」


 ほぼ万物を見通す目のポーズをとるアケノ、ため息をつく私。

 この子も懲りないよね、全く。

 浮かべた箒に腰かけて、アケノは腕を組む。

 ふよふよ、と少し上から言ってきた。


「ほれ、もう一度やってみよ。ゆっくりな」


 位置だけじゃなく目線も上からだ。

 私は少しムッとして口を開く。


「――やったよ、丁寧に。何度もね」


「じゃが成功しなかったんじゃろ? ならやれてないんじゃ」


「…………いいや、やった。やりました」


「ならばやっただけでできていないんじゃな」


 ぷつん。


「………………あんたに何がわかるのよ!」


「なんでもわかるぞ? 魔法でな」


「いーやわかってない! そもそも人のプライベート勝手に覗いてさ、それで何? 嫌がらせしにきたの!?」


「以前のワシならともかく、今のワシは嫌がらせなどせんが」


「あんたの魔法なら見通せているでしょう!? 私がここ数日、ずっとこれで悩んでることくらい! 丁寧に、真面目に、努力してやったのに! 水だけ全く出来ないのよ? 杖だって作ったばかりなのに、修行だって始めたばかりなのに、自分が無能なんだって結果を突きつけられた私の気持ちをわかってるって言うの!?」


 何も考えず叫んでいた。

 感情のまま吐き出された言葉を、アケノはふよふよと浮かびながら聞いていた。

 言い返してもこない。

 表情すら変わらない。

 こいつ、聞いていないんじゃないか。どうでもいいけど。


「この杖も私が作ったものだもん。どうせ不良品なんだ、だから上手くいかないんだ!」


「……ふむ。確かに今の理珠は魔女らしくないのう」


 やっと口を開いたと思ったら。

 魔女らしくない、だって?


「どういう意味っ!?」


「真面目すぎる。深く考えすぎじゃな」


 ………………は?


 ぱか、と口を開けたまま、私はフリーズした。

 意味がわからない。真面目すぎる? どこが?


 よいか――と人差し指を左右に振って、アケノはつらつらと語りだす。


「魔法というものはふざけた力じゃ、理屈よりフィーリングで使うものじゃ。上手くいかないからといって思い詰めても何の意味もない。ノリこそ魔法の極意じゃからな……おっとこれは皇家の秘伝、部外秘じゃったか!」


 それはアケノ限定の極意では……?

 混乱する私を無視して、アケノは鼻歌を歌いながら杖を抜いた。

 黒くて短い、私のとは真逆の見た目。

 くるくると回しながら、ぶつぶつと何かを唱え始める。

 

「――おじいちゃんおじいちゃん、うさぎどんのお話して! ねえお願い、うさぎどんがした冒険のお話だよ! なあに? うさぎどんの話か。そうさな、ヤツの冒険は昨日や一昨日のことじゃない。ずーっとずっと昔の話じゃ――」


 なんだ? 呪文じゃない……なんか聞き覚えが……。


「ってそれスプラッシュマウンテンの最初のアナウンス!? なんで――てかよく覚えてるね!?」

 

「水といえばこれじゃろ」


 そんなわけあるか!

 けれど得意げなアケノの前には、球体になった水が並々と揺れていた。

 

 …………おかしいでしょ。


 おかしいよ!


「どうじゃ? ノリでうまくいくじゃろ?」


「おかしいよ……魔法おかしい! そのセリフが鍵だなんて――」


「それは違う」


 違うのかよ!

 じゃあ今の何だったのよ!


「――コツは杖を回すリズムじゃ。ノッてるときほどリズムが取りやすい。じゃから上手くいく」


「待ってさらっと大事なこと言わないで……リズム?  杖を回す?」


 そうじゃ、と頷くアケノ。

 ぱしゃんと水を弾けさせ、するすると降りてきた。


「まあ少しは真面目な話もいいじゃろ。水は流体じゃからな、淀みないリズムで集めないと一箇所に集まらんのじゃ。理珠は真面目にやるあまり、おおかたムラがある振り方をしてたのじゃろう。一回一回丁寧に、では上手くいかんのよ」


「そ、そうなんだ……」


「――ではやってみよ。ノリノリでな!」

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