026 「やってるわけないでしょう」
「枝の根元を握ってみるにぇー」
ムラクモさんに促されて、そっと枝をつまむ。
モミの枝はがさがさの皮で覆われていて、肌触りは正直よくない。
よくないのだけど――。
「温かい……それになんだか、しっくりくる」
太陽で温められたからか、伝わってくるのは優しい温かさ。細すぎず太すぎず、がさがさの皮を滑り止めにしてすっと手に吸い付いてくる。
これって、とムラクモさんを見たら、ぐっと親指を立てていた。
「理珠ちゃんにはモミが合っているみたいだにぇ! それじゃあ早速、その枝から杖を作るかにぇ」
――自分の杖は自らの手だけで作ることが大事だにぇ、だからあたいもお母さまも手出しはできないにぇ。
どこから出してきたのか、のこぎりをびょいんっと手渡しながら言うムラクモさん。
あ、切るところからなんだ……。
「頑張るのよ理珠! のこぎりは押しても切れないから、引く時に切るのよ?」
「知ってるよ! 技術の授業でやったもん!」
ぎこぎこぎこ、思っていたより簡単に切れた。
次は削りにぇ、持つ部分を残して皮ごと削るにぇ――と渡されたのは折りたたみ式ナイフ。
うおう……ギラギラしてるよ……。
年季が入った木の持ち手には、漢字で刻印が入っている。なんて読むんだろ?
「理珠、
「ヒゴノ……? もしかしてこれのこと?」
「そうよ、まぁ大きい彫刻刀みたいなものね。どちらにせよ刃の先に手を絶対置かないこと、ふざけて使わないこと――」
「彫刻刀なら美術の授業でやったよ! わかってるって!」
「あらそう? じゃあ最後に彫り込むルーン文字も英語の授業でやってるかしらね……」
「やってるわけないでしょう!?」
「まあま、まずは彫っていくにぇ。先っちょに行くにつれて細く……あまりしすぎても折れやすくなるから駄目にぇ。鉛筆の柄くらいの細さがいいにぇー」
なるほど……?
慎重に刃を滑らせると、すぅっと茶色の皮が剥ける。なんだかベタベタしているのはヤニだそうだ。無視していいらしい。
茶色の下には緑の薄皮、それをゆっくり剥がしていくと。
出てきた中身は、骨みたいに真っ白……!
「え、きれい! こんななんだ!」
「そうだにぇー掘りすぎないように気を付けてにぇ……鉛筆くらいにぇー」
「理珠、鉛筆ってわかる?」
「――ママはちょっと黙ってて!」
十分くらいかかって、私はなんとか彫り上げた。
長さは三十センチほど。
先っぽから二十センチくらい、彫ったところは真っ白に輝いていて、本当に自分が作ったのか不思議に思うくらいうまく出来ている。
ルーンは努力を実らせる効果があるらしい「
ほら、お守りみたいな? そんなノリで、ね。
えい、と試しに振ってみた。
もちろん、何も起こらなかったけど……ちょっと楽しい。
「――おめでとう、理珠。いい杖が出来たわね!」
「よく彫れているにぇ、初めてとは思えないにぇ!」
えへへ、それほどでも……あるかな!
少し恥ずかしくて、だけど嬉しくて。
「――ありがとうっ!」
達成感に浸りながら、私は笑顔でお礼を言った。
これが、私の杖っ!
これで私も、もっと魔法が使えるように――――。
「あー、理珠? まだ完成じゃないわよ?」
……えっ。
「このままじゃただの削った枝だにぇ。夏休みの工作だにぇ。それも手抜きで評価に困るやつだにぇ」
……。
…………。
………………さっきと評価が真逆なんですけど!
「浄化の儀式。それを済ませるまで、杖は雑念にまみれしただの枝。どれだけうまく彫れていてもにぇ。割り箸でもそうだにぇ」
割り箸を杖にする人いないでしょ……ていうか浄化の儀式が本体なんじゃないの……?
いっぱいツッコみたかったけれど、ママじゃないので我慢した。
魔女は礼儀をわきまえるものだ。
「失礼ながらお母さま、浄化の儀式のやり方はご存知かにぇ?」
「ええもちろん」
「では説明するにぇ――」
なんで聞いたんだろ……。
「一番簡単なやり方は、お香の煙に無心でくゆらせることだにぇ。お香は魔術用のものが望ましいけど、蚊取り線香でも大丈夫だにぇ。でも加湿器はだめにぇ。あれは煙じゃなくて水蒸気だにぇ」
「……もし、加湿器でやったらどうなっちゃうんですか?」
「杖が腐るにぇー」
「そ、それは呪い的な……」
「普通に湿るからだにぇ。乾かせば大丈夫だにぇ」
「そうですか」
とま、これくらいかにぇ――とムラクモさんは刃物を拭きながら戻り始めた。
浄化は心を落ち着けて行うものだから、ここでさらっとやるわけにはいかないらしい。
お家に帰ったらやりましょう、とママが言って、私たちも小屋へと戻る。
かちかちとレジを叩くムラクモさん。
「おいくらかしら?」
「んーと――モミ、三十二センチ、道具代もろもろ……合計五千兆円にぇ」
――――え。
「現金でいいかしら?」
――――――は?
「大丈夫だにぇ。スタンプカードは作るかにぇ?」
「それじゃあお願いしようかしらね」
「――――いやいやちょっと待って! 五千兆……現ナマ……スタンプ――私どっから突っ込んだらいいの!?」
「ツッコむ? 何に? あぁムラクモさん、割引とかあったりするかしら?」
怒涛のボケにバグる私をよそに、会計を進めるママ。……ボケ、だよね。だよね?
ムラクモさんはニタリと笑って、紙を出してきた。
割引サービス一覧、とでっかく書いてあった。
「あるにぇ。今回はこれ、『はじめて魔女スタート割』を適用すれば100%オフにぇ」
「あら、いいの?」
「いいにぇいいにぇ、今後ともご贔屓に、だにぇ!」
……。
…………。
………………茶番じゃんかっ!!!
「これは『魔女話術』よ。理珠もそのうち覚えなさいね」
「魔女狩りから逃れるために編み出された独特の言い回しだにぇー」
見た目だけかと思ってたけど、ムラクモさんもママに負けず劣らずおかしかった。
魔女は、やっぱりみんなおかしいんだ。
私はまた一つ、賢くなったのだった。
ちなみに浄化の儀式は、何事もなくあっさりと終わった。
だって煙にくぐらせただけだもの。
本当にそれだけだったんだもん、特に感慨もなし。
なにはともあれ、私は杖を手に入れた。
(――――――――Lesson 5に続く)
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