022 「いくら高尾が田舎だからって」

「高山植物採集許可証はお持ちですか?」


「……えっ? 許可証?」


「――許可証をお持ちではない。では残念ですが……」


「……今から申請しても駄目かしら?」


「五日前までに申請して頂かなければ駄目でしてね。研究者の方ですか?」


「いや、魔女なのだけれど……」


「なるほど。研究目的以外の採集は全面的に禁止となっておりまして、はい」


「…………………………ギャフン」


 そりゃそうなるよね。

 真っ白けになったママを連れ、私はビジターセンターを出た。

 少し冷たいけど、頂上の空気は気持ちがいい。


「おかしいわねぇ……ママがは自由に採ってよかったのに……」


「……私ツッコまないからね。――へえ、ここからベイブリッジ見えるんだって! 横浜まで見えるのすごくない!?」


 案内板には景色の説明があって、それによれば海までも眺められるらしい。

 ほらほら、と意気消沈したママにちょっかいをかけてたら、しばらくして元に戻ってくれた。


「……じゃあ、途中まで山下りして帰りましょうか。せっかく来たのだしね!」


 るんるんと登山道を降り始めるママ。

 軽装、しかも箒片手の私たち二人は、飛んできたときよりも完全に浮いていた。






 山というだけあって、高尾山は緑が豊かだ。

 登山道を歩いているだけで、見たことない植物もちょくちょく目に入ってくる。名前まではわからないけど、葉っぱの形とか細っこいシルエットとか、近所に生えている植物とは全然違う。


 ぴん、と一本だけ伸びた、紫っぽい植物の前で私はしゃがみ込む。

 葉っぱもない、尻尾みたいな形。どっかで見たことあるような――水煮?


 あ!

 

 「ママ、これワラビじゃない? 食べられるやつ!?」


「あら、確かにワラビかもしれないわねえ」


 かもしれないって。どう見てもワラビだよ?

 首をかしげる私の顔を、いい? とママが覗き込む。


「山菜はね、毒があるものもあるの。知識と絶対の自信がない限り、決めつけは危ないのよ。キノコもそう」


「そっか……そうだよね」


「ちなみにママはトリカブトとかオギナソウとか、毒草を見分ける自信はあるわ。魔法薬で使うから」


「それでどうしてワラビを見分けられないのかな……」


「まあ採っちゃ駄目みたいだし、問題ないわね!」


 その後もちょくちょく、私は足を止めて植物観察を楽しんだ。

 小さなかわいい花もたくさん。なんだか全体的につんと細めで、平地の花より優雅な感じ!

 もちろん摘まないし、踏まないように気を付ける。

 意外とこういうの、悪くないかも……。そんな感覚がふつふつとわいてきた頃。


「理珠ー、ちょっと来てみなさいー」


「なあにー」


 呼ばれて後ろを振り返る。

 道端にしゃがみ込むママの背中、その右手には…………ワラビの束。

 

「――――ちょっとママ、駄目じゃん!? なに採ってんの!?」


「違う違う、ママがやったんじゃないわよ」


「犯人はみんなそう言うんだよ? 現行犯だよ、いくら魔女が自分勝手でも法が優先だよっ!」


「いいから来てみなさい。原住民の方がいるから」


 ……原住民。原住民?


「ママ、いくら高尾が田舎だからって、地元の人にそんな言い方は……」


 なだめる言葉は、ママの前を覗き込んだ瞬間ぴたりと止まった。

 しゅんっと飛んでいった。


 ――――そこにいたのは、人ではなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る