020 「チッうるせえな」

「――じゃあね。リズ、修行がんばって!」


「理珠、おぬしならできるぞッ!」


「二人ともありがと。頑張ってみる」


 校門で二人とはお別れだ。

 私は右、ナオは左、アケノは正面真っ直ぐが帰り道。

 手を降ってから地面を蹴って、箒の高度を上げる。

 地面すれすれを飛んでいたから、ぶわっと解放感!


 よし、いっちょやったりますか――――ん?


「……アケノ、帰り道こっちだっけ?」


「いや? あっちじゃが」


「ええと……じゃあ何でこっち来たの?」


 しゅっと風を裂いて、アケノは横に並ぶ。

 ぱちりとウインクしながら指を振った。

 

「……理珠のはじめてのしゅぎょうを見物するために決まっているじゃろ。理珠のはじめてをこの目に収めるのじゃ……のじゃよのじゃよ……」


「言動とポーズが合ってないよ! それになんか言い方! はじめてのおつかいじゃないんだから!」


「ほうおつかいの方とな……ほんとに純粋じゃ! 理珠は尊いのう! ワシはみさお的な意味で言ったのじゃがな!」


「みさ……? よくわかんないけど、見られるのはヤダから帰って!」


「ふふふ……ではその純粋な心に免じて、今日のところは帰るとしようかの! さらじゃばー!」


 何だったんだろ……「じゃ」のせいでサラダバーになってないし……水こぼしたみたいになってるし。


 きらりんと光って消えた背中を振り返りつつ、私は高度を下げ始めた――。






「バウバウバウ!」


「おまたせ。また来たよー」


 相変わらずものすごい顔だ。ものすごい顔で吠えられている。

 私は箒を地面に置いて、すとんとしゃがむ。まっすぐ前からMk.5にご対面。


「ンバァッ、バウバウバウバウ!!!」


 黒く小さな瞳をきゅっと睨む。

 さてどうするか…………ん。


 うぅん?


 ――――この目、怒りというよりも。


「……あなた、もしかして」


 伝わってきたのは寂しさの気持ちだった。

 ぱっぱっぱ、脳がいろいろ思いつく。

 番犬として飼われてるだけで、あまり構ってもらえていないのでは。

 それで人を信じられなくなって、吠えてるのでは……?


 吠え続けるこの子に、伝えてあげるべきことは。

 アケノの魔法のおかげか、それもするりと浮かんでくる。


 バウバウで声は届かないだろう。でも想いを伝えるのは声だけじゃない。目と目でも通じ合えるんだ。

 私は思い浮かんだ言葉を視線に乗せて、ぎゅっとMk.5に語りかけた――――――。






(――――お前の苦労を、ずっと見ていたぞ……)


「バウバウバウバ…………ウ?」


(本当によく頑張ったな?)


(ついに我慢が報われ莫大な富を得る)


「バッ……バウバウバウバウ!」


(おやつは貰えずごはんは少なくなる一方)

(将来に希望を持てず疲労する日々)

(そんな現実から抜け出す時が来た)


「……………………バッ! ガウガウガウガウ!」


 ――来たっ、声が変わった! 効果あるかも!

 私は目を細めながら、詠唱を続ける――。


 (散々苦しんだのだ、もう楽になれ)


「…………ヒィッ!」


「あっ大丈夫、殺すって意味じゃないから……うーむむむ……」


(――――富を望んでいるならやることがある)


(――吠え止むのだ)


(やり方は簡単だ誰にでもできる)


(口を閉じろ)


(黙るのだ)


(黙れ)

 

「ワンワンワン!ワンワンワンワンワンワン!」


(チッうるせえな……あっなんでもない……私は決して無理強いはしない)


「ワン……?」


(やるもやらぬもおまえ次第だ)


(静かになれば、富の普及により神からごほうびを得る)


「…………クゥン」


 ――――よし! よしっ! これはいける!


(では締め括りに魔女の金運を贈る)

(波動に二回お手して授かるのだ)


 正直自分でも何を言ってるのかわからないけど、閃いてるのだから仕方ないよね。勝手に言葉が浮かんでくるんだから。

 波動が出るかは知らないけど、私は口の横に手を当てて準備をする。


(――――――3)


(――――2)


(――1)


「ハアァァァァァッドウゥゥゥー」

(今だ)(二回お手をしろ)


 した! お手したよっ! くいくいと前足上げてくれた!

 それにいつの間にか、吠えなくなってる!

 私はあわてて、ごそごそとスタンプカードを取り出した。

 開いて見つめた、その先には。

 


 ( ) 近所の狂犬を吠え止むまで睨みつける



 ――――――あれ……もしかして駄目っぽい……?



 (済) 近所の狂犬を吠え止むまで睨みつける 



「――やった!きたきたスタンプゲットっ!」


 びっくりした! やったやった!

 私は思わず飛び上がる。ぐっとガッツポーズ!

 見ればMk.5も、ぴょんぴょん跳ねて喜んでくれていた――なんで喜んでいるんだろ。つられただけか?


「……ありがとね、Mk.5。あなたのおかげで修行、一歩前に進められたよ」


「ワン!」


「あはは、朝の時とはずいぶん変わったね! じゃあまたっ!」


 ほくほく笑顔で、私は箒にまたがる。

 とんっと軽く飛び上がると、軽い遠吠えが見送ってくれた。





 

「――でね、狂犬の気持ちに寄り添ってあげたら吠え止んだの! 私思ったんだ、ママがこのお題を入れたのは、他者と心を通わせることの大事さを学ばせるためだって! そうでしょ、ママ?」


「――――――――違うわよ?」


「……………………えっ」


 夜ご飯の席で、私はぴた、と固まった。

 はぁやれやれ――とママは首を振る。

 

「駄目じゃない、仲良くなったら……。後の修行で使い魔と戦わせる相手なのよ? この修行は、狂犬にこちらを敵だと認めさせることが目的なの」


 ……まあスタンプが付いたならよしとします、理珠なりに試行錯誤した結果だし――。

 腕組みしながらそう言うママに、口をぱくぱくさせる私。


「で、でもでも! ただ睨みつけるだけじゃ絶対吠えやまなかったもん! どうするのが正解なのっ?」


「目力を込めて、強者の波動を送るのよ」 


 ……波動は合ってたんだ。






(――――――――Lesson 4に続く)

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