017 「バルバスバウ」

 翌日。

 通学の途中で、私は箒を降下させた。

 今朝は早めに家を出たから、いつもより太陽がつんつんする。そんな朝日を纏いながら、私はアスファルトへ降り立って――。


「バウッッッ!!!」


 ――いつものように吠えられた。

 狂犬といえばここ、地獄谷さん家のピットブルだ。

 犬小屋に下げられた名札には、「Mk.5」と書いてある。


 ――何の五番目なんだろう。アイボの試作機なわけ……ないよね。

 

 繋がれた鎖をじゃらじゃら鳴らし、Mk.5は吠える。

 私が親の仇のように、それはもう吠えまくる。

 それをじっと、穏やかな気持ちで見つめる私。


 これは修行なのだ。心を平穏に保ち、吠え疲れて黙るのをひたすらに待つ。

 始業チャイムまで、ある程度の時間はある。そのために早く家を出たのだから――――。


「ングルルルゥ……バウ!」


 (^⁠_⁠^)←(笑顔で見つめる私)


「ガァルルッ! バウバウッ!」


 (ಠ⁠_ಠ)←(睨まなければいけないことに気付いて、あわてて睨む私)


「バウ! バウ! バウ!」


 (ಠ⁠_ಠ)


「バルバスバウッ! バルバスバウッ! バウ!」


 (ಠ_ಠ)


「バウ! バウ! バウバウバウバウバウ! バウバウバウバウバウバウバウッ! バウバウバウバウ――」


 (ಠ___________ಠ)ピキッ


「――こら! いい加減吠えるのやめなさいよ!」



 吠  吠 吠吠     吠

 吠  吠 吠吠  吠吠吠吠吠吠

 吠  吠     吠    吠

吼    吠         吠

吠    吠        吠

吠    吠      吠吠



「黙れ!!!!!!」


 なんなの!? 永遠に吠えるじゃん!

 私、あなたに何かした?


 腕にはめた時計を見れば、もう時間はなかった。箒を飛ばしてギリギリくらい。


 ……ぐぐっ。


「――け、今朝のところは勘弁してあげる! でもまた来るんだからっ!」


 そう叫びながら箒で飛び去る私へ、Mk.5は性懲りもなく吠え続けていた――――。






「……ねぇリズ、なんかずっと犬の吠え声聞こえてこない?」


「そ、そだね……なんだろうね……?」


 ――Mk.5声でかいな……しかも執念深いな!

 授業中、遠くから響くバウバウバウ。

 お昼時に一度止んだのは、ランチでも食べていたのかな。すぐに再開しちゃったけど。


 この修行、正直詰んでる……。

 吠え止むまで待ってたら何時間、いや何日、いや何週間かかるか。

 ううむ、と考え込む私を、ナオが心配そうに覗き込んできた。


「……悩み事? また皇さん関連?」


 ――首を突っ込みたくないとは言ったけど、あんまりしつこいようならボクも……と言いかけるナオに私は首を振る。

 優しいね……でも一歩遅かったよ……。


「……ううん、アケノは関係ないかな。魔女修行のことでちょっとね」


「修行? そっか、応援してるね!」


 ……なーんで一般人は魔法が絡むとドライになるかな!

 ナオに限ったことではなく、みんなそうだ。魔法を腫れ物扱いしているフシがあるのだ。

 どうせ二一〇〇年くらいには「魔法は科学でした」みたいに解明されて、魔法科高校とかできちゃうくせに。中世の地動説もこんな感じだったのかなあ。



 ――いや違うな。

 たぶん自分勝手な魔女の身から出た錆だな。



「……ま、今はそれよりMk.5だよ」


 相変わらず、いい案は浮かんでいないけど。

 散発的ながら、風に乗って届くバウバウバウ。

 今は犬用ガムでも噛みながら、私の再訪を手ぐすね引いて待ち構えているはずだ。


「――――んーわかんない!」


 思わず音を上げかけたその時、教室の扉がばん! と開いた。

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