Lesson 3 VS狂犬! はじめての修行
016 「冗談なんて一つもないのよ」
「――これ、無くさないようにね」
夜ごはんの後、ママは二つ折りのカードを渡してきた。
なにこれ――と首をかしげながら、私は表に書いてある文字を読み上げる。
「――これで完璧! 魔女修行スタンプカード……?」
ママはうんうんと頷いて、ゆっくりと話し始めた。
「ママ特製、全部貯まれば一人前の魔女になれるスタンプカードよ。立派な魔女に必要な全てのことが詰まっているわ……いやぁ我ながらほんといい出来ね!」
「待って待って、これが修行? スタンプカードが?」
「そうよ? とにかく読んでごらんなさい」
ぱかりと開くと、上からずらずらと文がならんでいる。文頭にはわざとらしくスペースがあった。ここにスタンプを押すということなのかな?
……どちらかと言えばチェックリストだけど。
「これで完璧! 魔女修行スタンプカード」
(済) 魔女同士でけんか
( ) 近所の狂犬を吠え止むまで睨みつける
( )
( ) 基礎四大魔法の習得
( ) 創業三十年! インドカリー ダルダルで食事
( ) 人助け(魔法を使用すること)
( ) 使い魔の召喚
( ) ダルダルでテイクアウト(ナン)
( ) 狂犬の鼻先でナンを食べる(よく噛むこと)
( ) 使い魔vs狂犬
( ) 使い魔vsそこそこ強い魔物
「……いやいやおかしいおかしい」
ぺい、とカードを突き返す。今日はエイプリルフールじゃないよね?
どちらにせよ、ママの冗談センスは微妙だ。
「ちょっと、ちゃんと持っていなさい。全部埋まる前に無くしたら承知しないわよ」
至極真面目な顔のママ。
がしっと腕を掴まれて、無理やり握らされる。
――え。これ真面目なやつ……?
「これ、冗談じゃないの?」
「ええ、ママがいつ冗談言ったかしら」
「だっていつも冗談みたいな生き様……ううん何でもない、えっと内容が信じられなくて!」
「……いい、理珠。この内容はママの知識と経験を元に生み出した、効率よく一人前になれるメソッドなの。冗談なんて一つもないのよ」
信じがたいことだけど、ママは優秀な魔女なのだ。
そして私の師匠なのだ。
そんなママの口から紡がれる言葉には、不思議な重みがあった。
私は唾を飲み込んで、もう一度カードを開く。
「……ママ。質問してもいい?」
「いいわよ、何でも聞きなさい」
「杖とか魔法とかはわかるんだけど、ちょくちょく変なのが混ざってるのは何? たとえばこれ、狂犬を睨みつけるってどういう修行なの?」
「それは心のコントロールの修行。瞑想の進化系ね」
「……じゃあ、カレー屋でご飯食べるっていうのは?」
「魔女は勘違いで迫害されやすいから、ご近所さんとは仲良くしないといけないの。ダルダルはこの辺に昔からあるカレー屋さん、店主さんと仲良くなっておきなさい」
……うーん。筋は通っている……のかなあ?
――でもでも。
「人助けに魔法を使うのは? 魔女って自分のために魔法を使うのが常識なんじゃ……」
「見方を変えなさい。魔法を使って助けるのは魔女を良い人だとアピールするためのエゴ、つまり己のためよ」
うわぁ……それ性格悪くない……?
てかママも分かってるのかい。
「……狂犬の前でナンを食べる、は? 何かの呪い?」
「それは次への布石ね。理珠の使い魔と戦わせるために、明確に敵意を持ってもらうのよ」
「かわいそうだよ、やってること悪魔だよ……それと最後! そこそこ強い魔物って何!?」
「やっぱり最終決戦は外せないわよねー! ……あ、魔物? うーん……まあゴブリンとかかしらねぇ」
「それ危ないんじゃないの? もっと詳しく教えて」
「だいじょうぶー心配しないの。ほら、明日から頑張ってー達成したらースタンプは魔法で勝手に押されるからねー」
ママはふらりと立ち上がる。
いつの間にか、右手に持っていた缶をぐしゃりと潰してゴミ箱へ――――酔っ払ってる!
「おやすみー」
「あーもう! 歯くらい磨きなよ!」
なぜかゴミ箱の上に載せてあった缶を入れ直しながら、私は怒鳴った。
「がちよい アルコール75mol/L」? 食後に軽く飲むものじゃないでしょ……。
――75って度数のことだよね? よく知らないけど、ビールよりは高そうだった。
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