015 「私はそういう趣味ないし」
「…………これでおぬしは自由の身じゃ」
「……自分に反射させたのね。お礼は言わないよ、そっちが勝手にかけてきたんだから――でもまあ。どうも」
ふん、とそっぽを向く。
自業自得だよ。うん。
………………。
ちらりとアケノを見る。黙ったままだ。
そこで私は、一つの可能性に思い至る。
――これ、ほんとに解けてるのか? 全部アケノの演技って線もあるぞ?
不自然に静かなアケノを不審に思って、私は一つ、試してみることにした。
「……ポメラニアン」
私の叫びに、びっくりしてこちらを見るアケノ。
彼女の反応はどうでもいい。語尾が変にならないか確認するんだ。
「ポンデリング」
「ポンタカード」
「ポッピンシャワー」
「白子ポン酢」
――変わらない……本当に解いてくれたみたいだ。
一方、アケノはというと。
「おぬし、頭をやられたのか?」
あれ、語尾変わってないな。「たまに」だからかな。まあいいや。
「確認しただけ。解けてるのかって」
「あたりまえじゃ、たわけッピ」
――え。
たわけッピ?
「ふっ。惨めじゃろ、笑うがよいッピ」
「……魔女っていうか魔法少女モノね、その語尾だと。お助け動物みたい」
「どちらでもよいわ。こんな威厳のかけらもない語尾……なんたる屈辱ッピ! じゃがこれも贖罪のためじゃッピ……耐え難きを耐えッピ忍び難きを忍びッピ……」
ピッピッうるさいな……。
「それ解除できない?」
「無理ぽ」
「ポもありなんかい」
私的にはちょっと面白かったのだけど、アケノにとっては大問題らしい。
いつもの威勢はどこへやら、よよよ……とうずくまってしまった。
皇家たるものが――とか嫁に行けぬ――とか、ぶつぶつ聞こえてくる。全部語尾にピがついていた。
「――なにより、ワシはこれからどう人と接していけばいいのじゃッピ……ワシは魔王学しか学んでないッピ……」
もっと他に教えることあるでしょ皇家……。
芯を失ったアケノは萎びたレタスみたいに弱々しい。ちょっとかわいそうになってきた。
「――じゃあこれから学んでいけばいいよ。正しいコミュニケーションってものを」
「――――ぴっ……?」
「中学生って言っても、私たちまだ子供だもん。常識だって完全に身についてるとは言えないし。まだ間に合うと思う」
「雨宮理珠ッピ……」
うるうるした瞳で見つめてくるアケノ。
なんだよ恥ずかしいな。そんな目で見ないでよ……。
なかまになりたそうな目でこちらをみている。
「――――決めたッピ」
突然アケノは立ち上がった。
瞳に決意が宿るのが見える。何をする気だ?
私は身構える。
「アン王女の復讐号」の柄をぎゅっと握った。
「――雨宮理珠ッ! ワシを配下にするがよいッピ!」
………………は?
私がぽかんとしていると、アケノは流暢に語りだす。
「おぬしはやはり、大物の器を持っておるッピ。ワシはおぬしを従えようと思っておったが、どうやらワシの器には収まりきらんようじゃッピ。ならば! おぬしの元でこの身を磨いてな、この身を磨いてな、立派な魔女になろうと思うたのじゃッピ!」
「じゃとピで語尾渋滞してるよ! てか配下なんていらない。普通に友達とかじゃだめなの?」
「友達……じゃと? ――ッピ?」
アケノはぽかんと私を見た。語尾が少しラグったことにも気付かず、真っ直ぐな瞳で……この子めちゃくちゃ涙腺ゆるいな! またうるうるしてるよ。
「よいのか、友達で……対等な関係で……ッピ」
「むしろそれ以外ある? 配下はやだし。それに理珠でいいよ、フルネームだとめんどくさい」
「な、名前呼びじゃとッ! な、ならば友達のさらに先まで……という道もあると……」
「逆に友達以上もなしだからね。あんた私のこと好きみたいだけど、私はそういう趣味ないし!」
「じゃがおぬし、ナオとかいう女に告白していたではないか? そっちの気があるのではないのかッピ」
「それはっ……間違えたの!」
「なに、結婚してくれとまでは言わん。ただその、少しばかりだな……おぬしのピッピッピッピをピッピッピさせてくれれば」
「語尾を規制音に使うな……てか何言ってるのよ!」
「つまり、ワシはおぬしとエスになりたいのじゃッピ」
「……エス?」
「女同士の情熱的な感情のことじゃッピ。今で言う百合じゃッピ」
「……聞いたことないけど。いつの言葉?」
「大正あたりじゃッピ」
「だぁーっまた時代錯誤! 今は令和だよ!」
「それを言うなら令和は多様性の時代ッピ。おぬしの物語もポリコレを取り入れたほうがいいのではないかッピ? ならばワシとピッピッピッピッ……」
「なーりーまーせーんー!」
つれないのう……と笑ったアケノへ、私は頬を膨らませる。
とにかくこうして、私とアケノの因縁はなんとか解決したのだった。
「ただいまー」
「おかえり、理珠……あら。その顔は一段落ついた顔ね! ならばそろそろ、修行を始める頃合いかしら」
「――――待ってママ展開早すぎる」
(――――――――Lesson 3に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます