010 「どうしたの理珠、いきなり大声出して」
お昼休み明けの授業は国語だ。
前に出て、教科書の小説を朗読しなければいけない。先週からのローテーションによれば、今日は私の番のはず。
「――それじゃあ雨宮。前に来て読んでくれ」
「はい……っ」
……よかった、語尾は変わってない。
たまに変になるって、確率何パーセントなんだろ?
内心びくびくしながら、私は黒板の前に立つ。
いつも居眠りしてる子まで、今日はみんなが前を――魔法をかけられた私を見ていた。はぁ……。
ナオがファイトだよ、と拳を握っている。
よし。さっさと終わらせよ……。
「んんっ……『その日も、夕食の後に僕はぐうちゃんの部屋でほら話を聞いていた。でっかい動物の話だった』」
――大丈夫みたい。この調子だ!
ぐっと目に力を込めて、真面目な顔を作る。
声からも感情をできるだけ消し去って、淡々と文章を読み上げる。
「――『アナコンダとかいうやつだね。アフリカの密林あたりにいる』(プロモーションを含みます)」
みんながざわめく。
先生が私を見る。
……出た。出やがった!
「雨宮、どうした?」
「ええと……これには深いわけが(30秒後にスキップ)」
「あー長くなるならいいぞー続けてくれ」
「ヌン゙ッ…………はい……」
なんで広告ネタなんだろう。
なんで語尾のバリエーション増えてるんだろう。
私は煮え切らない思いを抑えながら、しぶしぶ続きを読み始める。
「――『アナコンダがいるのはアマゾンだよ。現地の人はスクリージュとよんでいて、これはポルトガル語で水蛇という意味だ』(プロモーションを含みます)」
「……雨宮、将来は国立アマゾン研究所志望か?」
「違いますっ゙!(広告主のサイトにアクセス)」
ちょっと確率高くないかな!!!
げらげら笑うクラスメイト。眠いと悪名高い国語の授業では奇跡のような盛り上がりだ。
私は顔を真っ赤にしながらも、なんとか冷静を装って席に戻った。
戻る途中で、前の子がこっそり弄ってるスマホをちらっと覗く。
……国立アマゾン研究所のサイトだった。
「もー我慢できないっ!」
「ど、どうしたの理珠、いきなり大声出して……」
家に着いてすぐ、私の我慢は限界を迎えた。
だって先輩後輩関係なく、みんなめちゃくちゃ話しかけてくるんだよ?! それで返事が変な語尾になるまで耐久してくるの!
しまいには寒いギャグを連発するお調子者の前に連れて行かれて、「あはは(広告をスキップ)」で強制終了させる役までやらされたんだよ!
本当に触手を生やしてやろうかと考えたくらいだ。
生やす魔法知らないけど。
こうなったら反対呪文でもなんでも調べて、仕返しするか解くかしないと気が済まない!
「ママ、魔導書貸して!」
「いいけど……どうしたの理珠。何か嫌なことでもあった?」
ママが心配そうに覗き込んでくる。
肩にぽん、と手を置かれた。じわり、暖かさが広がっていく感覚。
――ママの声って不思議だ。
なんだか気持ちが落ち着いてくる。
どくどくしていた心臓もいくらか穏やかになっていて、私はふぅと息を吐いた。
そうだね、何も一人で解決しようとしなくていいんだ。魔法のことなら、ママに相談すればいいんだ。
だってママは優秀な魔女で、私の師匠なのだから。
「ええとねママ。……学校でちょっと揉めてて」
「――揉めている。それは、いじめかしら?」
すっ、と目を細めるママ。
私はあわてて首を振る。
「いや、いじめではない……と思う。なんか嫌がらせされてるの。配下にならないならずっと続ける、って」
「それはいじめって言うのよ。理珠をいじめてるのはどんな子なの」
「ええと、別のクラスの魔女なんだけど――」
「あーそれは仕方ないわね! 頑張りなさい! ママ、理珠のこと応援してるから」
――――おいおいおいおい! 突然態度変わったんだけど!
なんで私突き放されたの!?
「え、ママ……? 私、いじめられてるんだよね?」
「相手も魔女なら話は別よ。古い慣習で、魔女同士のいざこざには首を突っ込んじゃいけないの。それが魔女を成長させるから」
「それ時代遅れだと思うよ!? 昭和!?」
「残念、十七世紀ね」
「ちょうど魔女狩りの時代じゃん! そんなんだから狩られるんだよっ!」
「いい機会じゃない、この試練を乗り越えて立派な魔女になりなさい」
……そうそう魔導書、ママの部屋の本棚にあるから。ご飯できたら呼ぶわねー。
ぱたぱたとママはキッチンに戻っていく。パタンと扉が閉まって、廊下に私は残された。
魔女なんて。
魔女なんて、くそくらえだーっ!
だんだんと音を立てて、私は階段を登る。
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