006 「魔女狩りされたいの」

 彼女の名前はリズ、彼の名前はナオ。

 二人はごく普通の(以下略)。


 でも、ただ一つ違っていたのは――――。

 彼は女子だったのです。


 ………………えっ?


 私は目をぱちぱちと瞬く。もう一度、ナオを見た。

 しゅっとした短い黒髪。優しそうな瞳に、女の子みたいな可愛い顔立ち。

 男子にしては細身の体格に、多様性の時代を象徴するかのようなリボンとスカート――――。


「やだなあ、いつものナオじゃん。女の子な訳ないって! 冗談きついよ!」


「いやどこを見て男子だと思ったワケ?!」


 くしゃくしゃと髪をかき回すナオ。男らしい。

 すたすたと歩いてきて……やだ、近いちかいつ。


「――リズ、よく見て。ボク、女子の制服だよ? ネクタイじゃないよ?」


「え、でも多様性の時代だし……私、スカート履きたい系の男子がいてもいいと思う!」


「ボクはスカートを履きたい系の女子なの!」


 女装じゃなかったんだ……でもでも、それだけじゃないしっ。


「イケメンだし優男だし」


「だから男じゃないんだよ」


「一人称ボクだし……」


「ボクっ娘って知らないの!? ……って言わせないでよ恥ずかしいなあ!」


「………………じゃあなんでそんなにかっこいいの!?」


「知らないよリズの感想でしょ! とにかくボクは女子!」


 激しい意見のぶつかり合い。

 私もナオも、屈んで荒い息をつく。汗びっしょりだ。


 ………………あれ?


「パパみたいな匂いがしない……」


「え、何突然……」


「ナオの汗、くさくない……甘いにおい?」


「き、キモいキモい! キモいよリズ、友達でも流石にその発言は引く!」


「くさくないってことは……本当にナオは女子なんだ……」


「なんでそこで判断するんだよ! 最悪だよ!」


 がくり。

 私は膝から崩れ落ちる。


 ぱたぱたと顔を扇ぎながら、ナオは呆れた顔で見下ろしてきた。


「……まぁ魔女が変人なのは知ってたけどさ。リズ、一回病院行きな? 匂いでようやく男女の区別がつくのは流石にやばいから」


 うう、くそっ。昨日、ママに病院勧めたことがフラッシュバックしてきた。

 血は争えない? 蛙の子は蛙? やだぁ……。


「――ねえナオ。乙女の純情、弄んで楽しい?」


「ボクも乙女なんだけど?」


「……はぁ。神様ひどいよ、こんな結末なんて。全ての人を愛せみたいな事言ってるのに、いざ愛したら叶わぬ恋だったなんて……!」


 …………うん? 全ての人を?


「ねえ、ナオ」


「それ『汝の隣人を愛せ』じゃ――――なに?」


「神様ってさ、みんな平等に愛するってことはさ、だれでもイケるってことだよね? つまりはLGBTQGゴッド……?」


「とりあえず黙ろっか。魔女狩りされたいの?」


 ナオのため息とともに、私の初恋は終わりを迎えた。






 ひとつ、はっきりしたことがある。

 魔導書の内容は本物だ。

 おまじないを見られて、見事に私はリバウンドを受けた。効果なしどころか失恋のおまけ付き。

 

 それに、赤ペンのキャップもこつ然と消えた。

 家で筆箱を開けたら、中がインクで真っ赤になっていたのだ。

 しっかり代償も払わされたってわけ。

 ……水性だったからまだよかったけど。



 「魔女は己のために魔法を使う」、その結果がこれである。

 教えてくれたのはママだけど、私はその常識に少し疑問を持ったのだった。


 あ、別に反抗期とかじゃないからね。






(――――――――Lesson 2に続く)

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