第2話厭な居酒屋
彼は待ち合わせ場所の時計台の下に立っていた。時間は夕方の6時。6時に5分前に後輩は現れた。
そして、後輩の後に続き徒歩で居酒屋に向かった。
去年の会社の忘年会で行った覚えのある厭な居酒屋だった。店名は「居酒屋千代」。20代の女の子とその旦那が店の主人である。千代婆さんは、今年の春に肺炎で亡くなったらしい。外見は幽霊屋敷の様だが、内装はうってかわって清潔感溢れ、広い。
去年は、この店で飲めない生ビールを2杯飲まされて、トイレでリバースしたのだ。
だから、彼にはこの居酒屋は厭な居酒屋と認識している。
後輩とカウンターに座り、彼はコーラ、後輩は生ビールを注文した。
注文は、ネームに『折田』と書かれた、大学生っぽい青年が聞いた。
後輩は鯉の洗いと、枝豆、冷やっこ、マカロニサラダを青年に注文した。
この件の注文は、全て酒のツマミにはもってこいだが、コーラを飲んでいる彼にとっては最悪の料理であった。
彼にとって、後輩は友達でも何でもなく、今日、居酒屋に誘われたのも仕事の一環であると思っていた。
彼はコーラを飲みながら、ハイライトに火をつけた。
まず、枝豆と冷やっこが運ばれて来たが、食べる気分じゃなかったので、彼の分は後輩に食べさせた。
後輩もタバコに火をつけた。ラッキーストライクだった。
彼は早く話しを済ませて、この厭な居酒屋での厭な飲み会を終わらせたかった。
後輩が仕事の話しをし出した。
内容は、契約社員である彼と後輩の仕事ぶりが認められて、正社員昇格の話しを部長が後輩に漏らしたらしい。
来月、正式に辞令が出るとの事だが、後輩は余りにも嬉しくて、彼に伝えたかったらしい。
彼は多少は心が動いたが、早くこの厭な居酒屋を出たかった。
飲みたくもないコーラをジョツキで2杯も飲んでいた。
出てきた料理は全て後輩の、酒のツマミになった。
鯉の洗いの酢味噌がコーラに合う訳が無いのだ。
後輩は1時間程で酔っ払い、二軒目に彼を誘ったが、彼は断った。
後輩がお会計を払おうとすると、彼は後輩の財布を押さえて、1万円札を出してこの厭な居酒屋の支払いをした。お釣が4000円弱戻ってきた。後輩はえらく恐縮し、彼にお礼を何度も言った。
彼は、ニコリとしてこの千代の外に出ると、各々の家路についた。
帰宅すると彼は、夜の精神安定剤と肝臓の薬、そして時計を見て22時を過ぎていたので睡眠薬を飲んだ。
今夜から、睡眠薬が6錠増えて18錠になった。
30分程すると、心地よい睡魔が彼を襲い、ベッドに横になるとすぐに深い眠りに就いた。
翌朝、6時半。
スマホの目覚まし時計が鳴る。
久々に7時間以上、熟睡出来た事に喜びを感じた。
健康食品のオペレーターだが、彼はプライベートでは無口である。しかし、仕事中は立て板に水の如く言葉が出てくる。
だから、会社の連中は彼が統合失調症患者であることに気付く事はなかった。
昼休み時間、彼は会社のビルの屋上のベンチに座り、サンドウィッチを食べていると、彼とほぼ同期の20代の女性が彼に言葉を掛け、返事すると同じベンチに彼女は腰かけた。
女性は、手作りのお弁当と野菜ジュースがお昼ご飯だった。
2人して、しばらく黙ったまま、食事をした。
彼はサンドウィッチを食べ終わると缶コーヒーのプルタブを引き、ちびちび飲み始めた。
一方、隣の女性は小さな弁当箱をしまうと、野菜ジュースのパックにストローを刺し、液体をチューチュー吸った。
彼は、女性に、
「タバコ、吸ってもいい?」
と尋ねると、
「わたしも、喫煙者です」
と答えた。彼は彼女から少し離れた場所に設置されてある灰皿の傍で、喫煙を始めた。
そして、女性もメンソールのタバコに火をつけて喫煙し始めた。
会話はなかった。
しばらく、沈黙が続き、
「先輩は昨夜、居酒屋千代にいらっしゃいましたね」
と、呟いた。
彼は訝しげに、女性の顔を見た。
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