ひとときの幸せ

あっとエマ

Log No.01 花と蝶

少し青みがかった夜空、一つ一つハッキリと輝く星、夜であるのには裏腹に華やかで賑わう街。そして 君の 桜色の髪と太陽のような笑顔。



「……ク…ン……アクン…………ノアクン!!」

「はっ、はい!」


目が覚めた。見慣れた景色。「洋」の雰囲気が漂う豪邸を背に庭の井戸で水を汲んでいる。目で見るものはすべて霞がかかったようにぼうっとしていて見にくい。

「ノアクン、大丈夫?眠いならちょっと休憩取ろうか?」

彼女の明るい目と優しく暖かい声で目が覚めた。

「い、いや!大丈夫です彩春さん」

「そう?ノアクンは無意識に無理しちゃうから気をつけないと、ね?」

「あっ、え…は、はい。」

彼女の揺れるような声に心が動かされる。


そう、俺は今、目の前の花の彼女に恋をしている。



「お仕事お疲れさま。」

「あ…!彩春さん!お疲れ様です。」

「ねぇノアクン、今日この後花火が上がるみたいだね。」

桃のような甘酸っぱい瞳でこちらを見つめる。

「そうですね。」

貴方と見て回りたい。そんなことを言えるはずがなく “普通” の返事をした。

「えっ、あれ?フツーはこういうふうにしたら誘われるって聞いたのになぁ…」

と彼女が一人でなにか呟いた。可愛い。

「うーん…とね。あー…そのー……一緒に花火見ない?っていう返事を待ってたんだけど…」

「!?」

驚きのあまり声が出なかった。まさか彼女も一緒に回りたかったのではないかと思うのは図々しいとは分かってはいたがそう考えたかった。

「い、一緒に花火見ませんか…!?」

ぎこちなく裏返った声に恥ずかしくなり、涼しかった部屋が一気に暖かくなったみたいだった。

「ふふっ、いいよ。」

「仕事着だけど着物だしいいよね。ノアクン、迷子にならないでね。」

彼女がそう言って俺の手を握って引いたとき、彼女の気持ちがなんだか少し今の俺の気持ちと似ているような気がした。


そして彩春さんと俺は仕事着のまま部屋を飛び出し明るい街へと駆け出した。



周りを見て回ってしばらくした時、花火はもう時期上がるところだった。

「あ、そうだ。今日のこれってでーとってやつだよね。」

と彼女が言った。そんなことを恥ずかしがらずスラスラ言うということはやっぱり俺に気がないんじゃないかと思った。

「そう…ですね。」

あからさまな落ち込み具合に自分でも少し気持ちが悪いと感じる。

「じゃあ、今日だけでいいからさ。彩春って呼んでよ。ほら、いーろーはっ。」

突然の出来事に動揺を隠せない。

「えっ、呼び捨てなんて…俺年下ですよ?」

「あ、それって私のこと年寄りだってバカにしてる?」

「もう、からかわないでください!」


けらけらと笑う彼女の笑顔は赤子のようで本当に愛らしかった。

「ほらほら、いーろーは!」

「〜〜っ……。……い…ろは。」

「ン?なんて?」

「…イロハ…」

と同時に一発目の花火が上がる。顔だけではなく耳までもが熱くなり、提灯に照らされたような赤い顔は幸い花火の明るい色で多い隠されたようだった。

「やっぱり……私…………な。」

花火の音で彩春の声が掻き消された。

「あっ、すみません。花火の音で…なんて言いました?」

「ううん、なんでもないよ。もう暗いし少し花火見たら解散しようか。」

彼女の太陽のような笑顔に花火の明るさが加わってとても眩しかった。でも夜風の所為か少し冷たくも感じた。花火を見るよりも彼女の楽しそうな顔に目を惹かれてその時のことはあまり覚えていない。


彼女が花ならば俺はそれに踊らされる蝶なのだろうか。



「今日はありがと。暗いから気をつけてね。」

「こちらこそ、ありがとうございました。その、また “お誘い” してもいいですか…?」

「次は “ノアクンから” 誘ってね。」

そう言って彼女は暗い夜の中に消えていった。せっかく花火も上がっているので賑やかなところを通って帰ることにした。

夜なのにも関わらずとても明るい通り、繁華街を通った。

「ねぇそこのダンナ様、今夜私達と一緒にお話しませんか?」

水商売であろうか、店の女に声をかけられた。

「急いでいるので、すみません。」

と断った。だがその途端女がグイッと腕を引っ張って

「いいじゃないですかぁ〜。色々サービス付けましょうか?」

と言った。

「ちょ、腕離してください!」

そう言った瞬間

「そんな人の嫌がるような商売をしてて楽しいかい?」

背の高い男が女と俺の間に入って止めた。彼の髪は黒髪でも通るような綺麗な色で彼のスマートな顔によく似合う眼鏡、口元には黒子といった少し地味な感じではあったがいわゆる美形と言えるくらいには綺麗な顔立ちだった。

「そんな押し売りで集めた客と皮を被った楽しくもない話をして、相手も自分も最悪な気分で終わる商売してて幸せ?」

と男は言った。女の顔は赤くなり、逃げるように顔も見ずに店に帰って行った。そして助けてもらった男と目が合った。

「あの!ありがとうございます。」

「いやいや、大丈夫だよ。ここら辺ではよくあることだし。夜は明るい灯りのある住宅街から帰るといいよ。あと、ああいう商売はスルーで、謝っちゃダメ!目をつけられちゃうよ〜!あ、そうだ、怪我してない〜?」

「なるほど。怪我はしてないです!」

「キミ、よその国から来た人だよね。この国は夜は賑やかなところが危ないから気をつけてね。」

男はそう言って場を離れようとした。俺は何故か止めないといけない気がして糸に引っ張られたように彼の後を追った。

「あの!あなたの名前を聞いてもいいですか…?それに助けてもらったお礼もしたい…です。」

「わかった、いいよ。折角お礼をしてくれるなら礼儀的にも遠慮しない方がいいよね。俺の名前は美都。」

「俺はノアです。」


お互いの名を告げたとき最後の花火が上がり花火が終わった。


周りはさっきよりもずっと暗かった。


Log No.01 END

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