第3話
声が聞こえる。微かに。
あぁ、まだ寝ていたいのに。まだ瞼が重たいのに。
私を呼ぶ声は、私のことをさすりながら何度も何度も声をかける。
よく聞いてきたあの声だ。あの元気で、だけど優しくて……
「夢!起きろって!」
「うぅん……。あれ?海兄ちゃん……?」
眠たい目を擦りながら返事をする。
珍しい。いつもなら病院のベッドで寝ている私を無理に起こすことなんてないだろうに。
目を開ける前に、ミンミンと蝉の声が聞こえ、風で靡く草木の音がなっている。
あぁ、夏まで生きてこれた。
14度目の夏。迎えられるかわからないと言われている数まで、後1度。
このまだ蒸し暑くもない、だけれど長袖を着ていたら汗が出て止まらないようなこの季節が、私は大好きだ。
大好きな心地良い音と風を楽しみながら目を開けると、そこには一つの顔があった。
私を覗き込む彼の瞳は、私の知っているソレとは違って、明るく元気なものだった。
茶色で少し癖っ毛なのを気にしていている髪の毛は、黒色のキャップで覆い隠されており、半袖には大きなリュックを抱えている。
お見舞いにしては、随分と重装備ではないだろうか。
彼は目を開いた私を見ると、呆れたような顔で笑う。
「まったく。今日は一緒にハイキングに行くって約束してたろ?ほーら、早く着替えろって。父さんと母さん、もう支度終わるぞ!」
確かに、彼の姿はハイキングの支度そのものだった。
「ハイキングって……何言って……。私がハイキングになんか行けるわけ……」
行けるわけない、だってこの身体だもの。
布団から起き上がるにも人の手やモノを借りないとだめ。
ハイキングなんて、行けるわけない。
行けるとしても、車椅子を押してもらって一緒に行くのが限界。
それだって、いつ体調が悪くなるかわからないのに。
顔だけ窓際に向け、泣きそうになっている私の顔を覗き込むようにして兄が言う。
「夢ー?寝ぼけてんのか?昨日あんな張り切って準備してたじゃんか」
……昨日?
そういえば、景色が違う。
病院の窓からは川が見えた。
いろんな人たちの家の庭が見えて、子供達がホースやボールなどで遊んでいるのを羨ましくよく見ていた。
でも、今窓から見える景色は、たくさんの木。
それとお隣の家。
ここは、病院じゃない、そう思った。
上半身を起こす。自分の腕でも起こせるほど体が軽い。
口から小さく溢れた。「もしかして、あの時屋さんって夢じゃなかったの?」
「ほら!着替えていくぞ!」
「あぁ……もう!ちょっとお兄ちゃん!」
無理やり私の腕を引っ張る兄の力は少し強く痛かったけれど、それでも私は自然と笑みがぼれた。
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