第2話

……何かの押し売りだろうか。

やはり詐欺か宗教の勧誘かもしれない。

ただ、外に逃げても真っ白な世界。それはわかりきった事実。

話半分になら聞いてみてもいいだろう。

私は、彼らに尋ねることにした。

「どういう……ことですか?」


少年は、少し顔を離すと、大きく手を広げ、叫んだ。

「どういうもこういうも、そのままの意味!貴女が叶えたい現実を私達は売っているのです!」

「叶えたい現実……?」


彼らの側にあった木製の机の上に置いてある分厚い本を手に取り、彼らはペンを持った。

まずは少女が気だるそうに質問する。

「えぇ。さあ、何がいいですか?お金持ちになる未来?」

少年は数ページめくった後に、私の顔も見ないで質問する。

「それとも……亡くなった友達に会いに過去へ?」


『過去』『未来』『現在』

それは私にとっては、とても大事で、それでいてとても過酷なものだった。

楽しかった過去もある。

思い描いていた未来もある。

……ただそれを全て阻むのが『現在』なのだ。

私は、二人に聞こえるか聞こえないかわからないような虫の鳴くような声でつぶやいた。

「健康に……なりたい……」

「ほう?」先ほどまで本ばかりに目を向けていた少年が、突然顔を上げた。


今まで、誰にも言えなかった。

いや、言いたかったけど、言えずにいた。

みんなに迷惑をかけたくなかったから。心配をかけたくなかったから。

だから、「大丈夫だよ」って、ずっとずっと、両親にも兄にも友達にも。


なのに、今さっきあったばかりの彼らに、私はポロポロと言葉を溢していた。

「持病のせいで、私はずっと病院で寝てばかり……。私だって、皆と同じように学校に行きたい……!海(かい)みたいに……海兄ちゃんみたいに皆と一緒に外で遊びまわりたい……!皆みたいに、健康に……なりたいの……。それだけでいいの……」

「承知致しました♪」

まるでコーヒーのオーダーが通ったかのような軽い口調で、少女が答えたため、「え?」と惚けたような声が出た。


二人は、本とペンを机に置き、ホテルマンのような出立ちで私の前に立った。

「ここは時屋、お客様が欲して、売れない『時』などないのです!」

「お代は、お客様が納得してからのお支払い♪」

「私……お金なんて……」

現に、今は鞄もアクセサリーも何も持っていない。

文字通り、身ひとつなのだ。


少年は首を傾げながら答える。

「お金?そんな人間の俗物、いりません」

「私たちが欲しいのは、貴女が実際に進んだ、進むはずだった『時』の中で一番大切なもの」

「私が進むはずだった……?」

少女が一瞬ニヤリと微笑んだのを、私は見逃さなかった。

それを見計らったかのように、少年は、少女より一歩前に出て、力説する。

「えぇ!貴女が『時』を買わなかったら起こるべきだった事実の中で、貴女が大切にしていたものを、私たちは頂きます」

「それでも、よろしいですか?」


私が、買わなかったら起こるべきだった……?

そんな、もしもみたいなたらればには興味はない。

何度も考えてきた。何度も何度も……。

もし、走り回れたら。

もし、みんなと一緒に学校に行けたら。

もし、元気になれたら……元気に産まれることができていたのなら、両親を、お母さんをあんなに悲しませることはなかったかもしれないから。


そう思ったら、思わず口から溢れ出た。

「……健康になれるなら……なんでもいい……!」

二人は、一度顔を合わせ、にこりと笑ってこちらをみる。

「では、決定ですね♪」

少女が後ろを指差す。

今まで気づかなかった、入り口よりも大きな木製の扉が少しずつ勝手に外側へ向かって開いていく。

「さあ、その扉の前に立って……」

両側に双子。

真ん中には私。

扉の先は真っ白で何も見えない。

「貴女が望む『時』を、頭の中で思い浮かべて……」

私が思い描く、未来。将来。現実。何度も何度も思い浮かべてきた。

少女はにっこりと笑って私に語りかける。

「お、どうやら『時』が満ちたようだ。では……」

「幸せな『時』にいってらっしゃい!」

一歩前へ踏み出すと、双子の楽しげな声がこだました。


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