ドラゴン
たひにたひ
ドラゴン
【ドラゴンはこの世界に復活する。途方もない怒りを携えて、全てを壊すためにその翼で飛翔する。ドラゴンは我らを導く。その炎が我らを奮い立たせる】
*昔のこと。ドラゴンは狩をした。槍を携えた人間と一緒に、世界中を飛び回りマンモスを串刺しにした。雪原を駆けた。大森林を潜った。海を渡った。ドラゴンはその翼を大いに広げ飛び回った。
まだ小さかった子供の頃、よくドラゴンの夢を見た。空を飛んでいるドラゴンに私がドラゴン!と呼ぶと翼を羽ばたかせてドラゴンは遠くから私の前に降り立った。ドラゴンは大きかった。燃えるような赤い鱗をびっちり備えて、口には鋭い牙が並んでいる。ドラゴンは顔を小さな私の体にすり寄せてくる。目を伏せてキュルキュルと細い声をあげる。懐いている証拠だ。小さかった頃、私は夢の中でいつだってドラゴンと一緒にいた。
*昔のこと。ドラゴンはある小さな村の娘に懐いた。村人もドラゴンを受け入れた。ドラゴンは平原の空を羽ばたき、のびのびと生きた。
【ああかつて、ドラゴンは自由であった。動物の肉を食むことも、大空に向かって羽ばたくことも、しかしいつしかドラゴンから牙は奪われた。ドラゴンから翼は奪われた】
私の人生は順調に進んだ。学校のテストの成績はまずまず、人間関係も良好、高校に上がれば親友がいて、恋人がいて、週に一回はどこかへ彼らと出かけた。解放された日常、夢を見る間もなく日々を身に任せ過ごした。
【ドラゴンは捉えられた。地に伏せられ串刺しにされ、何千年と焼かれた。だがドラゴンは死ななかった。堪えに堪え、いずれ来る時のために力を蓄えていたのだ】
*昔のこと。ドラゴンは王に飼われた。王に首輪を繋がれ、王の言うことを聞かなければ鞭で打たれた。王は傲慢であった。ドラゴンが反抗すれば檻に閉じ込め餌も与えなかった。ドラゴンは王を憎んだ。
そのまま大学を出て、会社に就職した。社会に出てもそのまま、特に変わることは無かった。ただお酒を飲んだり、セックスをするようになっただけだ。それによって人生を壊される人間も私の周りには多くいたが、私は引き際をわきまえていた。私は道を踏み外さないと。
*昔のこと、ドラゴンは檻から出され、民衆の前に姿を現した。ドラゴンは人々にとっての希望だった。ドラゴンは王にとって出し物だった。ドラゴンは喜んだ。そしてまた人間と狩りをし、自由だった頃に戻れるのだと期待した。だからドラゴンは人々のために人々と戦った。しかし戦争が終わるとドラゴンは後ろから戦車に撃たれた。翼に穴が空き、その巨体に銃弾を数多受けた。血を流し、兵士たちを見つめた。兵士たちは怯んだ。血に塗れたドラゴンはそのまま項垂れ、眠りについた。
【怒れドラゴン。お前の騙したものを殺せ。その憤怒はやがて大地を焼く、空を焦がす、遍く世界を破壊する】
長く平坦な日常を過ごした。ゆっくりと束縛が増えていった。結婚の問題、身体の老化、とりとめもない事に多く気を遣うようになった。二十代が終わる年の夏。六時に起きてから電車に乗り通勤している時に私はドラゴンを見つけた。ビルより高い遠い空を飛んでいた。私は久しぶりにドラゴンを見た。膂力に任せて翼を羽ばたかせビルを超え、雲を超え、高く、高く舞い上がる。
*ドラゴンの目が覚めた時のこと、かつていた、自分の懐いた娘が苦しんでいるのを見た。ドラゴンは嘆いた。そうして憤る、彼女を苦しめた全ての物に。
【舞い上がれドラゴン、我らが閉じ込められた牢獄を壊すのだ。火を吹けドラゴン、我らに理想を拓きたまえ】
ドラゴンは怒り狂った声を上げる。その声によって大地は震えた。ドラゴンは炎を吹き、その炎でビルが炎上した。ドラゴンの怒りは収まらない。思うままに街を破壊する。尻尾を振れば建物は崩れ、怒号によってコンクリートの地面はひび割れた。電車が勢いよく揺れる。私は吊革を握りしめた。ドラゴンが世界を破壊していく。私の安寧はドラゴンによって砕かれた。そうして一面が灼熱に燃える大地で、ドラゴンは私の前にもう一度降り立ったのだ。
「おかえり、ドラゴン」呟く声が聞こえた。
ドラゴン たひにたひ @kiitomosu
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