第14話

徘徊癖はいかいへきがある認知症の老人や、精神疾患を持つ児童に対しては、ある一時期まで、人権を侵害するような処置が取られていた。


最近でも、どこかの施設で問題になったと記憶しているが、例えば、夜間での身体拘束が挙げられる。これは、ベッドに横たえた人間を、専用のベルトなどで縛り、身体的な自由を奪う、という代物だ。


致し方ない側面もある。可能であれば、24時間体制で見守るべきだが、世話する方も人間なので、休まざるを得ない。


だから、夜間にうろついたり、他の人間に危害を加えないように、という名目で予防的に拘束する、という訳である。


言うまでもなく、これは人権侵害の一つにあたる。緊急避難的には許容されうるオペレーションだとしても、日常的に反復継続して行われるべきではない。


さて、前置きが長くなった。妻についてだ。


妻も夜間にベッドから起き上がり、家の中で探し物を始めたり(大抵、もう捨ててしまった昔の本や、自分が持っていたことのない高価な宝飾品を探している)、ひどいときには、家の外に出て行こうとした。


だから、妻の病気がひどくなるにつれて、我が家の家具や生活用品は必要最低限のものを残して姿を消し、家は内側から南京錠で施錠されるようになった。家具が少なくなったのは、妻が箪笥たんすや書棚などを、夜中にひっくり返して、片付けに追われるからだ。


さて、極端にモノが少なくなった我が家でも、絶対に必要なものがある。


包丁だ。


ホッチキスやはさみなどの道具は、妻が自傷行為に使いかねない、との指摘がドクターから入り、家から全て撤去した。


しかし、包丁は必要だ。妻がこんな状態なので、食事は外食して、という訳にはいかない。基本的には、家で調理するしかない。この頃には、妻を一人残して、買い物に出るのもはばかられる状況であったので、近所の商店に頼み込んで、食材は全て配達してもらっていた。



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