第15話
普段、包丁は、金庫にしまっていた。私は、いつものように、料理を済ませると、手際よく片付けを始める。
しかし、その日は、包丁を金庫ではなく、キッチンの包丁入れに入れておいた。自然な動作で、特に妻に見せつけるような動作ではなかったが、妻は、確かに、私の行動を盗み見ていた。私は、その様子を確認し、内心、ほくそ笑んだ。
夜、ふと目を覚ますと、隣にいるはずの妻がいない。私は妻を探すために、ベッドから抜け出た。
彼女はすぐに見つかった。こちらの狙い通り、キッチンで一人、
妻がこちらを向いた。その視線が私を捕らえる。
私たちは、数秒見つめ合った。皮肉なことだが、この瞬間ほど、夫婦間で言葉もなくスムーズに意思の疎通が為されたことはなかった。妻も、私の意図するところは理解しているようだった。
妻は、何気ない動作で、自分の喉元に包丁をあてる。その刃が、月明かりに照らされ、鈍く光った。
「ごめんね」妻が穏やかな口調で言った。私は何も言葉を返せなかった。
彼女は、私が止めないのを確認すると、ゆっくりと自分の喉元に包丁を突き刺した。勢いよく血が噴き出た。
それでも、彼女は包丁を持つ手を緩めない。苦痛で顔を歪めながら、力を振り絞り、喉元を突き刺した。
やがて、彼女は地面に倒れ込んだ。衝撃で、包丁が地面に飛び散る。
数分の痙攣ののち、彼女は大量の血液を失い、失血死した。
私は、彼女のこと切れた姿を前に、立ち尽くしていた。自然に涙が頬を伝った。
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