第22話 罠

 俺が設立しようと考えている財団法人。

 欧米各国では一般的な助成財団と呼ばれるものである。

 まずは、ロックフェラー財団のように慈善事業を柱に考えていた。なかでも、医療、科学、教育に資金提供を重点的に行う予定だ。

 本部は英国に置き、B・H社が活動する各国にて独立した拠点を設ける。


 この独立した拠点というのが特徴で、国籍に紐づけた運用だ。

 つまり同じホムラ財団でも置かれた国によって運用が微妙に変わる。

 米国を例にとれば、不法滞在者やグリーンカードの所持者はホムラ財団の事業の対象外になる。

 もっとも、彼らの本国にホムラ財団があればそれを利用することは可能だ。


 米国なら魔法薬を使った小児ガンの治療に特化していた。医療に特化させた。

 それまでソールズベリーから八時間圏内と、治療に絶望的な米国民に取っては朗報だろう。

 ただ研究所が置かれた場所がサウスダコタ州の州都では無く、インディアン居留地の近くだった事は驚かれた。

 それでも米国籍を持つ低取得者は、研究という名目ながら治療費の助成が受けられた。

 一部では外国籍への差別では無いかとの批判も見受けられたが、それでも一回の治療に百ドルで『若年性ガン治療薬』の投与が受けられるのだ。


 医療費の高い米国では考えられない事だったから、自然に批判は鎮火していった。



 この他、EU圏は教育支援。アフリカ、アジアは、それに医療と食糧支援が入るなどしている。


 ただし何処も利便性としては程遠く、いやむしろ「どうしてここに?」と言いたくなるような場所が選ばれていた。




        ※※※




「本当にここで良いの?」

 俺が居るところには夏希あり。

 世界的企業の仲間入りをしても秘書だった。

 セレブたちから黒髪の女神と呼ばれ崇拝されている彼女。三十の大台を迎えて、沙月からはアラサーと茶々を入れられてもそのポジションだけは譲らない。

 実際どこに行っても人気は高く、それこそアラブの王侯貴族や浮名を流す著名人からの求婚を尽く撫で切っていた。


「うん、他にも候補地はあったけど、条件を見るとここが良いんだよな」

 いま俺たちが視察しているのは、関西で古くから山岳信仰されている比叡山だ。

 俺の錬金術には魔素が必要だ。

 そこで、世界には魔力溜まりと言う場所が存在していた。ミステリーサークルが良い例だろう。あれは魔素の吹き出しによって作られた。人為的な物とされていたが無意味ないたずらなどでは無い。


 それを利用してソールズベリーでは成功したのだ。

 ここ一年かけて俺は世界を調査していた。もちろん政治的に立ち入りが不可能な場所も多いが、ある程度判明した事があった。


 龍脈という存在である。


 風水の思想で地中を流れる『気』のルートで、それが噴出すポイントが『龍穴』だ。

 この『気』が実は魔素なのでは無いかと考えて調査した。結果は必ずしも同じでは無くても外れてもいなかった。


 豊富に魔素が含まれていたのだ。


 現在俺が世界中に展開している拠点も、すべて龍脈上に設けられている。

 ただし、日本は龍脈が多いが、山岳地にあるために土地の確保が困難だった。

 ところが「この遊園地跡と閉鎖されたスキー場ならスペースも大丈夫。きっと良い物が出来るよ」なのであった。

「ううう、でも冬は寒そう」

 形の良いお尻をミニスカートに包んだ夏希はぶるっと身震いした。季節は秋とはいえ山頂はかなり寒い。

「まったく、薄着をするから」

 そう言いながら上着を夏希の肩から掛けるあたり、俺も欧米で洗練されたのだろうか。

「とにかくここを日本の拠点にするよ」

「わかりました。頑張りましょう」



        ※※※



 俺が日本にいたころ、ほかの連中はと言えば。


「はあ……疲れたわね」

「はい。栄養補給をどうぞ」

 日傘を手にトランクを引きづり場違いな二人がいた。

 おそろいの黒のワンピースに身を包んだ、マリベルとリリベルである。

 相変わらずノンビリと歩く二人は、べつにソールズベリーの工場を首になった訳では無かった。


「ピラミッドって大きいんですね? 暑いですけど」

「……そうね。あっ! お菓子もう少し頂戴。それと回復薬もね」

 赤毛の姉と金髪の妹はエジプトの砂漠を旅している。らくだも連れず驚くべき行動力だ。

 アキトの父を助けた二人はスカウトされた。

 もともと探るためにアキトの元へ潜り込んだのだが、美味しいご飯に釣られて正体がばれてしまった。

 どうしようと焦る二人をアキトに掛け合ったのは父親の焔静人だ。マルタとはお金で話を付けるという力技で解決し、二人を譲り受けたのだ。

 お陰でエセ修道女は札束に埋もれて寿命が延びたとかなんとか。

 以来二人はアキトに頼まれて各国を回っていた。


 休憩を終えたマリベルはお菓子のかすを払う。

「パワースポットも見つけたし、そろそろ工場のご飯が食べたいわね」

 何だかんだと工場のケータリングを気に入っているのだ。

「そうですね、ねえさま。そろそろ苺大福を食べたくなってきました」

 そしてリリベルは苺大福が大好物になったのだ。

「うん、あれは良いものよ」

 力強くうなづくマリベルもだ。




        ※※※



「政府からの回答はまだなの?」

 ここはウインストーン家の執務室で、集まった面々はB・H社のトップと言える連中だ。

「残念ながらまだだね」

 アイラに答えるマクラレン・フィルはエディンバラ公の孫ながら英国の影で活躍する人物だ。

「いったいヒトラーは何をしようとしてたのかしら?」

 順調な企業運営はさておき、ここでの話題はアキトが見つけた大規模魔術の事だった。

 アキトが企業から離れて財団を運営するのもこれが原因だ。

 欧州中、いや世界各国に残された魔術の痕跡。それがまだ生きていることに気が付いた。


 発動されていない術式。

 龍脈と呼ばれるパワースポットに刻まれている。

 あのヒトラーが残した物だ。放置できるものでは無いだろう。

 そう考えたアキトは調査に乗り出した。

 ところが、調査を進めていく過程で邪魔が入る。『聖杯』の存在を突き止め英国政府に情報の開示を求めたが、これの回答も闇の中だ。自身も何度か狙われた。


 何者かが邪魔をしている。それもかなりの権力を持つ者が。


 アキトは表向きボランティアと称して財団を設けて調査を進めている。学術研究に資金を出すのには好都合だったからだ。特に考古学者には手厚い資金提供を行い、龍脈の発見に繋がった。

「引き続き政府とは交渉して。可能なら王家に協力を依頼しても良いわ」

 アイラは頭の中で誰が使えるか考え、どの手を打つか思案した。



        ※※※



「さて諸君、英国の反抗に手を打つ時期が来ていると思うのだが?」

 恒例の朝食会の席上。パワーランチが有名だが彼らは平日早朝から集まる。

 ここにいるのは、ヘッジファンドと呼ばれる富裕層から集めた大規模資金を運用している連中だ。


「ふむ、ポンド危機は繰り返すという所かな?」

「それは作り出すと言うべきでしょうな」

 少々下品な笑いに顔をしかめた男。


 ジョン・サロモン。


 彼は一九九二年にイングランド銀行を相手取り多額の利益をあげていた。

 個人投資投機家としてはもっとも成功したユダヤ人の一人である。

 早朝の金儲けの話題は尽きない。


「アキト・ホムラは一線を引いたのだろうか?」

 これが本日彼らの一番の興味である。

 B・H社の資本比率はアキトが五一%を持ち、英国資本が残りの四〇%で、外国資本は僅か九%だった。

 資産総額は推定二十億ポンドを超える企業。しかも作れば売れる商品を持つ優良企業だ。

 依然未公開だが、上場されればどこまで時価総額が上がるか想像もつかない。

 いま世界でもっとも注目されている企業だ。


「財団に資産を移したとみるべきだが、影響力は減ったでしょう」

 ところがここに来てアキトの出資が三〇%と下がったのだ。

 もともとシャドウ・ディレクター(影の取締役)だったアキトはMD(業務執行取締役)の地位にクリスを据え全面には出ていない。

 それでも世間の見かたはアキトの会社と思っていた。


「彼は元々研究者だ。いわゆる学者様で、経営者ではなかったという事なのだろう。ウインストーン家が一枚上手だったという事だな」

 研究機関の分析を元にそう見るという。

「充分な利益は得るのですから、それで満足なのではないですか?」

「そうだな、巨大化した企業をコントロールするのは難しいだろう」

 誰もが見方は同じようである。これにはウインストーン家が英国有数の貴族である事が関係していた。


 代々を女性が受け継ぐウインストーン家で、次期当主のクリスが日本人のアキトに恋をしているとは誰も思わず。ましてや母親のアイラが全面支援をしているなど考えもつかないのだ。

 そこにはマクラレン・フィルの存在も大きかった。エディンバラ公の孫に当たるマクラレンの情報操作により、世間の見方は何れウインストーン家と結ばれるのではと思われていたからだ。


「では我々が英国の利益の何割かを得るとしてだ。何が有効だろうか?」

「出資は断られたよ」

 ウオーター・バレットは残念な顔をゆがめる。

 賢人と呼ばれ普段はハイテク分野には投資しない。彼の投資基準は明確で、自分が理解できる事業だけ手を出す。

 その点で言えばB・H社は投資対象にならない存在なのだが。


「正攻法で分かち合えないのならば」

「ジョン?」

「我々の流儀でやるべきだ」

 ジョン・サロモンはあらためてメンバーを見渡すとそう言った。

 イングランド銀行など敵にはならないと思いながら。



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