第21話 たくらみ

「この提案なら相手企業も納得してくれるはず。強気にいきましょう」

 アベリー・バリッジは、不安そうな仙道良三にそう提案した。

 彼はイギリスのヘッジファンド「リッチ・イマジネーション」のファンドマネージャーである。

 短めのブロンドの髪は洗練されたスタイルと清潔感を持ち、バランスの良い体系はシックなスーツに包まれていた。

 誰が見ても優秀なエリートといった風貌は洗練されていて、鋭いまなざしは彼の自信と専門知識を感じさた。

「本当に大丈夫なのか?」

 韓国国策企業のコムソン電子から敵対的なTOBの交渉を受けて後が無い大江商事は、外資系のファンドに飛びついた。

 大江商事は資本金四百六十五億で東証一部に上場する企業だ。

 アキトの祖父が一代で築き上げた企業としても有名で、ビジネス業界における成功者として知られていた。


 バブル期の多角経営失敗で長く苦しんでいたが、アキトの社長就任から始まる会社再建策によって一応のめどはついていた。

 それが2千億円の社債発行であった。

 大江商事の主力部門は製造業だった。家電、産業機械、医療機器など広い範囲をカバーする。

「製造業として、この金額は最近では珍しい」と国内の証券会社がそう驚くほど、外資系ファンドを通じた社債発行は財務体質を救った。

 公表された中期財務戦略では、株主資本比率=二十五%以上といった目標を設定して、借金をなるべく減らし、手元資金の増加に集中する「節約路線」を徹底させた。

 ただし、資金のほとんどがウインストーン家の投資財団から出ていたのは、当時のアキトでさえ把握してはいなかった。

「資金の方は大丈夫です。いくらでも用意できますから」

 にこやかな笑顔でアベリー・バリッジは答えた。

「リッチ・イマジネーション」はウインストーン家の投資財団が隠れ蓑にしているヘッジファンドだった。

 コムソン電子はTOB期間を延長した。従来の条件ではTOB成立に必要な株数が集まらなかったためだ。

 そこにはからくりがある。

 転換社債型新株予約権付社債を引き受けた外資系ファンドがTOB(株式公開買い付け)に対してかみついたのだ。

 複数の海外ファンドがTOB価格は安過ぎると疑義を唱え、価格引き上げや特別配当を要求したのだ。

 もちろん、複数の海外ファンドは全部ウインストーン家の息がかかっている。

 そして、ホワイトナイトとして名乗り出た「リッチ・イマジネーション」に新株を取得できる権利など、ある程度有利な条件を示して協力をお願いしたのだ。

 表向き買収されてその傘下になることを選択すると決めたのだ。

「とりあえず全力でたのむ」

「ええ、今回の件が収まったら、改めてアキト・ホムラ氏との交渉もするつもりです。そうなれば株価も事業も大丈夫ですよ」

 アベリー・バリッジの言葉を聞いても仙道良三は不安だった。

 社長として今後も身分は保証するとの言質は取っていた。


 それでも……。

 不安は晴れなかったのだ。



 

       ※※※



 そのころ俺はマクラレン・フィルからの難題に悩んでいた。


「僕は潜水艦乗りでね、出来ればこれからのために協力してほしいんだ」

 マクラレンのお願いとは、現在ロサイスでは建造中の潜水艦の事だった。

「本当なら僕が乗り込む予定の艦だったんだ。だが、それも不可能になったが、せめて艦だけでも助けたいと思ってね」

 造船ドックで長い間放置された潜水艦は、予算の削減から解体が決まっていた。

 輪切りにされた船体は形も見えてこない状態である。ここから実験船として作ろうと頼まれたのだ。

「私は商人です。触媒は軍事の利用には使いたいとは思わないのです」

 俺は戦いに関与する気はない。

「もちろん承知している。だが、合衆国を味方につけるためには必要だと思うが?」

 確かにアメリカを味方につけるためには、効果的かもしれない。

 それでも。

「積極的に賛成できません」

「とりあえず実験線としてお願いできないだろうか」

 いまの生産量では軍事利用には無理があった、絶対数が足りないのだ。

「それに、魔素の調査に使うことも考えているんだ」

「魔素の調査?」

「ああ、海底に潜って調べるのに、潜水艦は絶好のアイテムだと思わないかね?」

 海底か……。

 地上にある魔素の吹き出ている場所は、制限がキツイ。大抵は重要な施設か歴史的な建物があるからだ。

 それを海の中で調べるのか。

「わかりました。積極的ではないですが、今回は協力しましょう」


 アスチュート級原子力潜水艦としては、二〇一八年に就役する予定のオーディシャスだったが、原子炉を搭載される事無く兵器としての新たな可能性を探る事となった。


 だが、国防を大きく左右する出来事は英国の本気を表しており、他国の戦略に少なくない影響を与えた。



 そして、徐々に姿を見せ始める。



        ※※※



「制裁を加えるべきだ!」


 赤ら顔でいきり立つ男はデトロイト出身の政治家だ。ジム・ロットニーは自動車産業をバックに当選している。

 ここは国防の議論から始まり諸事まで担当する上院軍事委員会の席上だ。

 現在の議題はアキトの持つ核について。

 英国で建造された潜水艦の性能が、当初よりはるかに高いことが予想された。


「すでに既存の潜水艦の改装により脅威であることは間違いないでしょう」

 英国海軍は原潜を改装して、実験に着手していた。速度の向上も驚く事ながら、静寂性は群を抜いていたのだ。

「原潜並みの連続潜行に電気推進で低コスト。我が国への技術供与は不可能なのか?」

「現状はどちらとも言えません。開発者のアキト・ヒイラギは米国籍を持っていますが、英国が手放すとは考えられませんね」

「だから、ホムラを何らかの手で規制、もしくは制裁を」

「ジムの意見はさておき、英国だけが独占するのを見逃すのは無理だな」


 こう言ったのは民主党の一人、大統領にも近く実力者だった。対するジムは共和党である。

「では、協調を探ると共に対策を促すで良いだろうか?」


 彼はそう意見をまとめ上げると席を後にした。




        ※※※




 そして……現在の俺は。


「おばあさま、お久しぶりです」

「まあまあ、アキトちゃん。よく来てくれたわ」

 世界の思惑など何処吹く風とばかりに祖母を訪ねていたのだ。

 もちろん今の俺には一人で好きに出歩けるほど簡単では無い。当然護衛がついている。SASの精鋭から組織された特殊部隊と、SIS秘密情報部の腕利きが固めていた。彼らの身分は在外公館の職員だ。


「お変わりないですか?」

 祖父の残した邸宅は、会社所有だったために苦労したが手に入れてある。

 あれこれと世話を焼く祖母に苦笑しながら「ご相談があるのですが」と話を始めた。

「あら? アキトちゃんが相談って何かしら?」

 楽しそうに首をかしげる祖母。

「実は今度財団法人を設立しようと思うのですが、力を貸していただけますか?」

 そう俺が切り出すと。

「まあ! 何をするの? 面白そうだわ」


 途端に目を輝かせて身を乗り出す祖母。世話好きで社交的な祖母は俺の説明を聞くと俄然やる気を見せたのだ。

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