第20話 新たなる始動

 国会は愚者の集まりと言ったのは誰の言葉だったか。急遽行なわれた臨時国会は紛糾していた。


「良いですか! あなたは人の命を弄んでいるんですよ!」

 テレビで良く見る女性議員の発言が飛ぶ。

 市民運動から政界に進出した彼女は、たびたびセンセーショナルな発言で話題になる。

 庶民派の顔をした浪花のおばちゃんとして人気を博していた。


「日本にだって! 沢山の患者さんがいるんですから、それを見捨てて。エゴ! エゴです!」


 拒否も出来るとはいえ、最近の自身と会社を取り巻く現状に、応じることに決めた俺は、うんざりしていた。

 おこの議員の情報は事前に貰っていた。

 彼女の夫がテロリストとして公安にマークされていたりもするが、今回こうしていきり立っているのは理由があった。


「どうなんですか!?」

 膝元議員の問いかけに対して真面目に答える意味も感じられない。


「はい。日本国内での許認可申請に予定はございません」

 俺の返答は、相手からすれば信じられない言葉だろう。


 すかさずヤジが飛んできた。国会ではおなじみだとは言え、下品だと思う。知性のかけらも感じられないのだから。


「な、ななっ! なんでなんですか!」

 いきり立って泡を吹いても俺の答えは変わらない。


「みなさん勘違いしているかもしれませんが、ガンの治療薬は万能ではありません。効果時間の短さから考えて、ソールズベリーから八時間圏内で使われなければなりません。日本での使用は現状で不可能なのです」

 これは事実で、日本では現状、不可能なのだから。


「だっ……だから日本で開発と生産をすれば」


 俺は周りをゆっくりと眺めるように視線を送り息を吐く。


「お断りします。将来的にはどうなるかは分りませんが、現状で不可能です」


 まったく嫌になるぜ、俺にもどうしようもない現実はあるのだ。


 開発者が父親一人で二カ国に渡っての生産開発など無理な話だ。

 しかも魔素の問題もある。

 豊富な魔素を得られる場所の確保は日本では難しいのだから。


「まっ! 待って!」

 膝元議員は必死だ。

 情報では彼女の有力後援者の家族が必要としていたからだ。

 八十二歳の老人であったが……。


 なんとか英国で治療をと願っても若年者(三〇歳未満)を対象にしている薬だ。

 高齢者への投与は治験対象以外では行っていなかった。

 国会議員の特権など通用しない英国。それも民政党になってから冷ややかな関係では無理も通せない。

 だから絶対に日本で生産をと頑張っていたのだ。


 国会での参考人招致と言う糾弾会は終わった。その夜のニュースは一斉に俺の非難に始まり、技術の独占を禁止しろと言う発言まで目に付いた。



 そして一夜明けて。


 B・Hによる株式会社HOMURAの買収が発表された。



        ※



 早苗を筆頭に並ぶ経営陣と言っても何時ものメンバーだが。


「特に問題ないよ」

 相手をするのは工場の従業員に対してだ。

「核の生産は中止して輸入する。それ以外は今までと変わりないし、若干給料は上がるみたいだ」


 そう、俺は従業員に迷惑を掛けた事に対して対価で応じた。具体的には二割程度のアップだから馬鹿には出来ない。

 勿論ソールズベリーでの大量生産でコストが大幅に下がったためでもあるが。


「マジっすか!」

 さっきまで不安だった従業員の顔も明るくなる。すべて女性なのは何時ものことだが……。


 なぜか従業員の採用はすべて女性なのだ。日本では男性ばかりだと騒ぐ人権団体だが、これが女性だと問題にならない。

 もっともパワフルなこの会社のお姉さまたちに囲まれて、働こうと考える男性は少ないと思うが。


「しかし……アジアじゃ無くてもコストって下がるのね」

 沙月に疑問はもっともだけれど、錬金術に必要なのは魔素のある環境なのだ。

 今後、進出する際には抱負な魔素を求めてに成るだろう。


「しかし……思い切ったね?」

 江田島習作は俺の思い切った戦略に感心していた。


「あはは、苦労しそうですけどね」

「いや、これは英断だよ! 敵の多いこの国なんて捨ててやれ」


 融資の邪魔から許認可の遅れ、挙句は厚顔無恥な要求と、最近の俺に対する国の対応を知っているだけに怒りも湧くのだろう。


「捨てるなんて勘弁してください。この国は僕の祖国なんですから」

「その考えはあっぱれだ! なに、数年で今の政権も変わるだろう。それまで余所で力を蓄えて置いてくれ! それまでは俺が頑張るから」

 B・Hの支援を受けた江田島の会社は堅実に経営していた。

「お願いします」

 日本での代理店としてメンテナンスその他、江田島に頼る部分は大きかった。

「おう、任せとけ! がはははは!」

「そんで、これからどうする?」

「まずは仲間を増やしますよ。うーんとね」


 俺の進む道を支えてくれる仲間はたくさんいる。

 でも……。俺にはまだまだやる事はたくさんある。

 もっと必要だろう。


 日本と言う狭い世界を抜けて、今後どう進めば良いのだろうか。



        ※



 二〇一〇年六月、俺が日本を離れてすぐに新政権が発足していた。

 特に実績も無く短命に終わった嶋山政権の後を受けて、出来たのは官成人内閣である。

 市民運動家出身の官総理は、さっそく韓国への謝罪を盛り込んだ談話を発表するなど、実にぶれない姿勢で国政に挑んだ。


 野党からは「市民運動といえば聞こえが良いが左翼の塊だ」「学級崩壊から廃材政権ですか?」などの声が上がったが、支持層には耳障りの良い政策はウケ、マスコミがそれを支援したことによって支持率は高かった。

 この時点で本人がどう考えていたのかは想像でしかないが、権力を握って舞い上がった素人が取った舵取りは、実に危うい方向であったのは間違いないだろう。


 ここから日本は経済失速に突入していく。


「円安になれば、輸入から内需拡大に繋がり易い。歓迎だ! しかも、自国通貨が強くなる。これは良い事だ」


 恒例の財務大臣の会見は急速な円高に対する質問から始まった。

 この発言は一面の真実は突いている。

 だが一ドル一二〇円が九〇円を切り、株価が下落する現在早急な対策が求められていた。


「しかし大臣。エネルギー分野で革新的技術を持った焔氏からはそっぽを向かれていますよね?」

 途端に財務大臣は顔をしかめた。

「EUは英国の牽引もあって好調ですが? どう思われます? 特に欧州危機を免れた存在として、焔氏が高く評価されている事について一言!」


 次々と記者達から質問が浴びせられる。

 不機嫌にノーコメントを繰り返し会見を打ち切った財務大臣の表情は暗い。


 経済に出口の見えない日本と違って、俺の積極的支援に国家単位で出た英国は着実に成果を挙げていたのだから。


 クリーンで安いエネルギーを背景に世界は動き出していた。流れは欧州から一部アジア地域まで続き、アフリカを巻き込むのも時間の問題だろう。


 取り残されているのは日本を含む、中国、韓国そしてアメリカだ。

 時に日本は絶好のチャンスを無駄にした国として世界の笑いものになった。

 無意味な規制に課税を目論み、事業に対して妨害を繰り返していたのだから。


 英国が保護に努めて、成長を後押ししたのとは対照的だった。


 果てには勝手に外郭団体を作り、触媒技術を差し出せと言った事だろう。これで信頼関係は決定的に破談し、海外への脱出となったのだから。


 母国でありながら四面楚歌の現状で外資転換は生き延びる道。けれど民政党政府は売国企業とまで呼ぶ始末だった。



「くそっ! どこに行っても、ホムラホムラホムラだっ!」

 財務大臣は顔をしかめて愚痴をこぼす。

 水道政経塾出身の野村義彦は熱心な水道哲学の推進者だ。もっともかなり間違った解釈をしているのだが。


「おいっ! お茶!」

 荒々しく秘書に命じる姿は、TVの前とはかなり違っていた。



        ※※※




 B・H社は南欧の自動車生産を皮切りに、それまで経済基盤の弱かった欧州各国に進出した。


 英国の新たな植民地政策に見えるかもしれないが受け入れられた。


 ギリシャの成功が全てだった。


 デフォルト回避した上に財政健全化の道筋が立った。英国資本で雇用と生産を設けたことは、ユーロ単一では無く、欧州圏をポンドに組み込んだ事になる。


 欧州各国──ドイツ、フランス──からの反対に対して、かなり強引ではあったが唯の融資ではなく産業の底上げをしたB・H社を非難する声は低い。


 各国は次は自国にと思っていたからだ。


 ただし予想外に欧州の自動車販売のシェアが七.五%に達した事から今後の妨害も予想される。


 シェアを喰われたのがドイツとアメリカだったからである。




 読んでいただいてありがとうございます。

 ここまでが第一部です。これ以降の展開はなろうとはかなり違ってくると言うか、なろうでは書いていません。ですので、更新速度は若干落ちるかと思います。

 出来れば励みになりますので、評価などいただけましたら幸いでございます。

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