第11話 二つの魔法薬
魔法薬の工程は数百を超えた。これはこの世界の素材が異世界と違うためだ。
まず集めた漢方素材を、魔法薬として使えるように変える工程が必要なのだ。
膨大な工程を一人で熟すのには時間がない。
だから、俺はこれを簡略化するために工業化の理念を取り入れた。
まずは繰り返される分解と合成。この部分は魔法陣を用いて自動化させる。
具体的には触媒理論を使って反応させるのだ。漢方素材に魔素を取り込むと、構造が変異する。生物由来なら魔物化するし、植物なら薬草類に変わっていった。
そこまで変えていけば、後の処理は慣れたものだ。
部分的に機械化された魔法陣を使って魔法薬を製造した。
後はそれを順番どうりに繰り返せば良い。
現在は大部分を手作業で行っているが、もっと機械化すれば俺が居なくても作れる。
「うん、上手く行ってる」
俺は満足そうにうなずくと、記憶の中のレシピが埋まるように素材を並べていく。青い光が輝く度にそれは揃って行った。
※
「出来た……」
俺は疲れなど忘れて、目の前の魔法薬を眺める。
アルケニーの卵の代用品がピスタチオだった事や、黒竜の鱗の代わりでゴカイを使ったなど苦労は数知れない。
やりきった感で満足しそうだが、これで終わりと言うわけではもちろん無かった。
「で……何で二つあるの?」
協力してくれたメンバーを集めて完成を知らせた所、当然の様に疑問が出た。
透明の瓶に込められた液体。一つは淡く青い光を放っていた。
「うん、どちらも同じ材料と手順で作った」
確かめる様に手に持って眺める。
「いや、全然違うから……って!」
夏希のツッコミも当然だろう。
二つの完成された魔法薬。どれも同じレシピなのは間違い無い。
「こっちはクリスに使う物です」
青く光る液体の込められた瓶を持ち上げて見せた。
「でも問題はこちらの方。もっとも、どのくらい効果が有るか試してはいませんけど」
「問題? ただの液体に見えるけど」
そう禍々しい光を放つ様な物では無く。透明な液体は、何か特別な物と言う雰囲気は無かった。
「ええ、僕の魔力を込めていませんから、そうですね。前世でポーションと呼ばれた薬と似たものです」
前世で冒険者が常備するポーションと、若干の成分は違うが近い物は出来た自信があった。
「効能は?」
「そうですね、万能薬に近いかな? 魔力だけで作るのが大変だったので、いろいろ工夫したら出来ちゃいました」
子供が言い訳をしているように答えてみたが、実は凄い話だ。
魔力を込めないでソールズベリーの魔素を使った練金術。もちろん魔方陣は使っているが、別段俺がやらねばならない作業は無かった。
「……つまり、誰でも作れる薬って事ね?」
アイラが聞いた通り、誰でも手順さえ間違わなければ作れてしまう。
「そう言う事です」
「それは……」
ジェームスが言葉を失うくらいに大変な問題である。魔素が必要とはいっても、魔法陣を使えば誰にでも作れてしまう魔法薬。
しかも万能薬である。
「……確かに問題ね」
状況を把握したアイラが溜息をつく。
「えーと……良く意味が分から無いんだけど、魔法薬をアキト以外が作れるのよね? それの何処が問題なの?」
いまだ状況が把握できていない夏希は首を傾げた。
「ねえ? アキトちゃん、この薬を世に出すの?」
真剣な目でアキトに訪う。
「出す出さないでは無くて、確実にばれると思いますけど」
クリスの病気を知っている人は何故治ったか不思議がるだろう。そして同じ病気にかかっていれば手に入れようとする。
社交界に長く不在だったクリスの病気を知る人は多かった。
隠せるほど、ウインストーン家の影響力は小さく無かったからである。適齢期を迎えた女性が姿を見せなくなれば、誰でも不思議に思う。
特にウインストーン家に近づきたいと思っていれば、調べるくらいはするであろう。
「これ、預からせて貰っても良いかしら? まずは調べさせて見る。そうね、研究中の抗がん剤くらいで誤魔化せると良いんだけど」
隠せないのなら、ある程度の真実を表に出す方が混乱は少ない。アイラは自分の持つ財団の医療機関を使う事を考えた。
※
「凄い効果ですね……」
ウインストーン家が出資する研究機関。
社会奉仕の精神を持ち、難病治療の研究では世界でも有数の規模を誇る。
すでに開発した薬は、幾つか世に出してもいた。
研究所長はアキトの父親が務めている。アイラの要請に応えたのだ。
「うん、興味深い結果が出ているね。もっとも臨床してみないと、どこまで人体に効果が有るのかは分からないけどね」
研究員に臨床試験の指示を出した。
ちなみに彼はすべてを知っていた。この薬がどういう物なのかを……。
アイラ達に自分の秘密を伝えた後、当然両親にも告白した。同時で無かったのは、単に同席が不可能だったからだ。
最初にアキトが、両親に前世の記憶持ちと告白した時、父親は「ふーん、それで? 何が変わるの?」と何事も無いようにアキトに聞いて来た。
不安で一杯だったアキトが拍子抜けする位の話だ。
別に父親にすれば、アキトがどんな記憶を持っていようが関係は無い。ましてや生まれる前の記憶などでどうにか成るわけでも無いのに、何を言っているんだコイツと思っていたくらいである。
「……こういう人だって事忘れていた」
アキトも思わず吹いてしまうほど、簡単な話にされてしまえば問題は無かった。
結局、魔法薬はアキトの父親の発見と言うところで話がまとまり、現在は実用化のために研究を続けている。
当初、秘密裏にクリスだけを助けようとしたが、医学者で良識のある彼は優れた薬を埋もれさす事を良しとしなかった。
救える命があるならば、どんな手を使ってでも救う。
彼は医者だった。
こうしてアキトの作った魔法薬は、世にでる事に成った。
だが……。同時に世界の混乱を巻き起こしてしまうかもしれない。
※
体を淡い光が包み込む。
青い輝きは点滴から送り込まれ、毛細血管を通って隅々まで行き渡った。
ゆっくりと癒やすかの様にアキトが祈っているのは、薬の助けをするために魔力を送っているのだ。
やがて……。
「……ん、っ……」
眠り姫は目覚める。
病と言う呪いから覚めて。
クリス・ウインストーンの命は繋がった。
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