第12話 後ろ盾 その一
「お土産もだいたい買えたわね」
ロンドンで人気のプチプラや、ボディケアブランドで工場の仲間が喜びそうな物を手に入れた早苗は、満足そうな顔をしている。
さてアキト一行からしばらく離れていた早苗だが、別に観光三昧というわけでは無かった。
株式会社HOMURAは設立から多数の問題を抱えていた。
現在は江田島の造船所が唯一の取引先だった。これは、新規取引先をすべて断っているから仕方がない。
小型の漁船は販売が好調で江田島からは供給を増やして欲しいと頼まれていたが、生産規模の限界を理由に断っている。
実際には余力があるが、工場規模に比べて不自然なので数を搾っているのが現状である。
だから業務提携などの問い合わせも物がモノだけに簡単にとはいかず、日産五百ほど生産されている核は現在ほとんどを在庫にまわしていた。
つまり、商品があるのに売れない。
まったく会社経営としては成り立たないのだ。
安全性分析の代表的な指標として「自己資本比率(株主資本比率)」「固定比率」「流動比率」「当座比率」がある。
自己資本比率はアキトの一〇〇%出資なので問題は無い。固定資産への投資も、本社ビルを含め工場などもアキトの資産管理会社からの融資でまかなわれている。
問題は過剰在庫で当座比率が悪化していることだった。
今回早苗に与えられた仕事は販路の拡大と、ウインストーン家が出資する企業の視察であった。
その中の一つがウイスパー社で、小形ボートの建造から始まる古い造船会社がある。
ウイスパー社は英国の国防とサービスを提供しており、軍艦建造では主にフリゲートやコルベットを作っていた。
一時国営化もされたが、その後自社株を買い戻して、現在は民営企業として幅広く発展を続けていた。
ウインストーン家が出資したのはその時で、経営権の多数を所得していた。
※
「海軍ですか?」
アイラからの提案で、在庫化する一方の核の使い道を相談していた所である。
「悪い話では無いわ。英国にとってもアキトちゃんにとってもね」
「それは分かりますけど……」
俺は、自身の持つ魔法技術が危険である事を良く理解していた。
とりわけ軍事分野で利用される事を想定して、幾つかの仕掛けを施していた程である。
アイラの意図するところはよく分かる。現在の俺を取り巻く状況を考えると、後ろ盾が必要なのは理解できた。
ウインストーン家もそれなりの力を持つとは言え、世界の企業や国家を相手に出来る程では無いからだ。
「特にアキトちゃんの『目的』がよく分からない状況では特にね」
なるほど、目的か。
考えてみれば、流されてここまで来た感がある。転生に目覚めてから、何となく始めた魔法への探求。どこかやり残した自分を取り戻すように、この世界でも魔法が成り立つのか試してみたかった。
魔法は確かに成り立つことを証明した俺は、上手く使えば巨万の富も手に入れられるかもしれない。
ある意味やり方さえ間違わなければ、世界の支配者になる事も不可能では無いだろう。
でも……それが俺のやりたいことなのだろうか?
「……目的ですか」
「うん、会社を興してもお金儲けに走るわけでも無い。かと言って地位や名誉を欲しがるそぶりも見えない」
「そうですね。その辺りは興味がありません」
「そう! それよ! 誰もが考える『目的』欲望と置き換えても良い。それが感じられないのよ! 人は理解出来ない物を恐れる。そして排除しようと考えるわ」
「うーん……難しいな」
思わず頭をかいて考え込んだ。
前世の記憶を持つ身としては、現世にはそれほど不満が無いのだ。
魔法こそ無いが文明の進んだ現世は、ある意味理想郷だ。民の命は軽く無く、法で保護までされている。人々は自由に暮らす事が出来て、欲しい物は限度はあるが、お金を出せば買う事まで出来た。
これは、二つの世界の常識を持った俺ならではの感覚かもしれない。
もっとも俺自身は欲望と無縁では無いと思う。
夏希のスカートの中身が、不意に見えた時などばれないように覗き見たりする。
表面上は精神力を最大に使って、女性などに興味が無いように振る舞っているが、中身はその辺の高校生と変わり無い。
「我が英国も一枚岩とは言えないけれど……少なくても理性はあるわ」
これはある一面を見れば真実の言葉だ。立憲君主制を採りながらも、法の支配が発達して議会内閣制を伝統と両立している。
成熟した民主主義は英国ならではの物であろう。
前の世界では考えられないくらいに理性的だ。
でも、第二次大戦以降も紛争を繰り返し、自国の権益を守るためにユーロから距離を置く、したたかな国でもある。
建前と本音を仕え分ける姿勢は見事と言う他無いが、独善的なエゴの塊で有ることは間違い無い。
「貴男に興味を持つ人物がいるのだけれど、会って見ない?」
いらずらを仕掛けるように俺に提案をしてきた。
「嫌だって言っても、無理なんですよね?」
「ふふふっ、良く分かっているじゃない」
この後、俺に大きく関わる事になる人物との出会いが、すぐそこまで近づいていた。
※
アキトの触媒理論は、現在様々な機関で研究されている。
その中で一番熱心なのが軍隊であるのは間違い無いだろう。
当然の様にアメリカ海軍では、軍事転用を意図して研究が行われていた。
「っう! これで何個目だ?」
行っているのは核とモーターの分離だった。
「何てブラックボックスだ」
アキトによってブラックボックス化された核部分は、モーターに組み込まれている。
大まかに説明すると、核に塩水を送り込む機構と電気を取り出す部分が一体化されていた。
しかもモーターを取り外し、単体で動かそうとしても反応しない。
具体的に言うと分解交換時に核を抜くと反応が終了する。魔法陣としての機能が消滅するのだ。
これは安全性を確保するためと説明されていたが、アキトの仕掛けのせいである。
このため手に入れた漁船からモーターごと取り外すまでは問題無いが、核を他に利用は出来ない。
沿岸で漁をするモーター程度の出力では、軍事利用など出来るわけもなく。せいぜいランチ(連絡艇)に使えるくらいだろう。
「水深も問題ですね」
測定器にモーターごと組み込み、沈めて実験をした所。水深一〇メートルで反応が停止した。この理由も解明されていない。
「まるで、最初から軍事利用出来ないように作られた見たいですね? 頭良いや! あはは!」
開き直って見るしか無いとはこの事だろう。上からは急かされているが、一行に進まない状況に打つ手は無かった。
「手っ取り早く、開発者を連れて来てくれませんかね? 動いているんでしょ?」
「日本は三原則があるからな。政府を通して要請しているんだろうが、俺にはわからん」
そう言って再び手を動かし始める。
「単体で売り出してくれたら、こんな苦労しなくても済むんだが」
ぼやく言葉の通りに、アキトは単体では売り出してはいない。漁船の発売からまだ日が経っていない上に、交換用の核は購入者だけの販売だ。
ほぼリースの扱いなのだ。
「どう言う理屈か? 最初に核をはめ込まないと起動しないし、外すと壊れるとはな。どこがトラップなのかもわからん」
取り付け口にはめ込むと反応が始まる仕様もトラップである。
「お手上げだ……」
※
「暇ね……」
「……暇よ」
アキトの留守を守る美枝と沙月は開店休業中である。
「すること無いよね」
「うん……無い」
「あぁああ!!! 知恵を貸してくださいよ……」
もちろん、江田島習作の融資の問題は残っていたが……。
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