第10話 魔法薬 その一

 痛みに呼び起こされた気分は最悪だった。鎮痛剤の助けを借りて、ひとときの安らぎを得た代償。

 けれども目覚める度に思う。

 今日も生きていられたんだと。

 私はきしむ体を庇いながら、ベッドの中で向きを変える。すでに起き上がる力は無かったからだ。

 だが今日の朝は、何時もの苦労は無い。森の景色を窓から覗くことさえ出来そうな気がした。


「気分はどう?」

 声を掛けられて気がついた。誰かの気配を分からないくらいに弱っているのだろうか? でもそれにしてはと思ったところで、声の主が誰なのかを気づいた。


「えっ、あっ……」

 どうしよう! アキトだ! どうしてここにいるの? 待って! 化粧もしてないのに!!! っ! てか、寝顔見られた?!


「あっあああ」

 声になら無い寝起きの醜態に、真っ赤になって飛び起きようとして止められた。

「ちょっと! 姉さん! 起きなくて良いから」

 そこには変わらずの笑顔を見せるアキトがいた。

「何で? いるのぉ! 知らせて無いのに?

うぅうう……」

 嬉しいのに嬉しくない。複雑な気分のまま顔を布団にうずめた。

「来るなら知らせてよ! バカっ……」

 アキトの助けを借りて背の後ろにクッションを入れて貰った頃には、やっと落ち着くことが出来た。


「ふふふっ、アキトだね」

 時々確かめる様にアキトの腕を取った。

 子供の頃とはちがう。ふふふ、そうか、大人になったんだ。

 話したいことは沢山あったけど、すぐには言葉に出来ない。出て来た会話は日常の当たり障りの無い物しかない。


 だって、すでに知っているのだろうと思うから……。


「それより、恋人は出来て無いでしょうね?」

 一番気になる事を尋ねる。出来るだけ大げさに冗談めかせて、気持ちを気づかれないように演技した。

 幼い頃に交わした約束をもう忘れているかも知れないけれど、確かめても罰は当たらなよね。

「えっ、恋人? ……。まだだよ、そんなの」

 目をそらせて、恥ずかしそうにしたから嘘は無いと確信した。

「うん! よろしい!」と言って見たけれど複雑な気分だ。


「良い事アキト、アナタの横は私の席なのよ? 開けておかないと承知しないんだから!」


 ごめんなさいと、心で謝りながら昔の私を思い出して念を押した。

 だって、もうその未来は来ない。

 でも夢見るくらいは許して貰おう。束の間の夢で有っても良いじゃない。


 けれど……。


「姉さん? 聞いて欲しい事が有るんだ。大事なことだよ」


 だけど……。


 アキトから聞いた話は、そんな諦めを捨てさせるような夢の話。

 

 ねえ? 私の未来は続くのかな?

 教えてアキト。



 


       ※





 重苦しい空気が立ちこめる。人払いをしたクリスの寝室は、荒唐無稽な話にどうした物かと考える人たちで一杯だった。


「えーと……正直どう言ったら良いか」

 アイラの表情が物語っている。

 この場にはクリスとアイラの親子の他、執事のジェームスと何故か夏希だけが残された。


 ジェームスは古くから仕える信用の出来る人物で、アキトも幼少から信頼している。良くクリスと共に説教をされていたからだ。


「ええ、魔法で治します。と言うより魔法薬ですが」

 俺がクリスのガンの治療するために、協力をして欲しいとこの場の人間を集めた。


「いや……何と言うか……」

 ジェームスが何か言おうとするが、後が続か無い。普段何が有っても動じない彼も、かなり動揺している様子だ。

「気が狂った訳でも、やけになって怪しい魔術に頼る訳でもありません」

 落ち着いた顔を心がけ、なるべく皆の不安が無いように俺は言葉を選んだ。


 そこからの話は、俺の半生を話すものだ。

 見知らぬ世界で生まれ、生きた人物の話は物語のように聞こえただろう。

 魔法を駆使し世界を渡る一人の人物は、生涯を研究に捧げた。

 

 練金魔術師として。


 それが俺なんだ。


「僕なら治せます」

 俺の言葉に絶句する。いや、言葉だけでは無かった。目の前で見せられた魔法に息を飲んでいた。


「火がでた……」

「ねえ?ねえ? 何で水が石になるの?」

「木の置物が水晶に変わるとは、不思議ですな」

 夏希、アイラの驚きとジェームスの開けられたままの口は「まあ……アキトだもん」と、クリスの一言で皆の胸に落ちた。


 そう信じられない事を、俺なら仕方がないと納得したのだ。


「皆さんにお願いが有ります」

 ここからクリスを治すための行動を起こそう。だって……俺一人では無理だから。


 そしてそれは、後々いろんな人を巻き込んで行ったのだ。




        ※




「白花蛇舌草は二トンで良いのよね? サルノコシカケは集まったかしら?」

 夏希の問いにジェームスが「サソリと蜘を全種類は苦労していますが、漢方は手に入りやすいですね」と無表情ながら目がにこやかなのは、苦労の先に未来が見えたからだろう。

「とにかく買える物は全部押さえて頂戴! 財団にも協力させなさい!」

 アイラのかけ声で、部屋に集まった者達が電話に飛びついた。

「良い事! 時間が無いのよ! 値段なんて気にしないでどんどん買って!」

 ウインストーン家の指令で、商社を巻き込んだ素材の確保は常識を越えて世界を回った。



        ※




 とある漢方薬局では「何だ! これは! 冬虫夏草がまったく手に入らないとは! これでは媚薬が作れないでは無いか……」

 EDで苦しむ若者から頼まれているのに……。

 先日訪ねて来た少年を思い浮かべて「なんと言って断れば良いのだ……」とつぶやいたのだ。



        ※




 俺は魔法薬作成の前に準備を行っていた。

 これは錬金術師なら誰もが使う技法である。

 銅板に真銀で魔方陣を刻むのだ。


 俺が行う錬金術は、魔力を行使して物体を変質させていく魔術と言って良い。

 たとえば、銀に魔力を溜めると真銀に変わった。魔力には金属を変質させて特性をもたらす事が出来たからだ。

 ミスリルと呼ばれるこの物質は魔術との相性が優れていて、触媒でも使われている。使い勝手の良い魔法金属だった。


 また、魔術師が魔法を行使する場合、意味ある音や形で魔素を使って世界に干渉した。

 どちらも同じ物で音は呪文、触媒は魔方陣を形にしたものだった。

 だから真似た物でも魔素が存在すれば、多少の効果は現れた。研究者が後追い実験で、反応を確認出来たのもこれが理由だ。


 なぜならこの世界には魔素が存在したのだから。

 特にソールズベリー近郊は魔素に溢れていた。


「この地で助かった」


 俺が集められた素材を眺めながらつぶやく。すべてが揃ったわけでは無いが、とりあえずの作業は進められそうだ。

 最初に手を付けたのは、魔素を集めるための器作りだった。

 魔力とは、魔素を変質した物だ。世界にある魔素を集めて魔力に変える。簡単ではないが不可能でもない。


 世界には魔力溜まりと言う場所が存在している。ミステリーサークルが良い例だろう。あれは魔素の吹き出しによって作られた。

 人為的な物とされていたが、無意味ないたずらなどでは無い。


 実はストーンヘンジも同じ理屈で作られた器の一つ、魔力溜まりで魔術を使う目的で作られた。人為的か自然に出来たかの違いだが、濃い魔素が溜まる場所で間違い無い。


 過去にきちんと利用されていたのだ。


 この事から魔術師が存在した事が分かるだろう。

 歴史に埋もれていった中には、魔術を使える人たちが存在したのだ。

 理解出来ない事を悪とされた時代、宗教的な事情で表の世界から消されたが魔術師は存在していた。

 痕跡からもそう推理した。


 ソールズベリー近郊は魔素の多い地域だが、実は日本でも良く見かけられる場所に有ったりする。

 多くは神域や古墳に使われている事から、誰かは理解していたことがよく分かるだろう。

 前世で魔術師は、魔素の事を生命力の一つだと思っていた。世界を作る素とも考えていた。

 俺が魔法を使うときも、体内の魔力と世界に漂う魔素を合わせて使っている。

 だから今回の魔法薬には、魔力溜まりを使え無ければ苦労しただろう。


 水晶を手に取った。不純物の無い透明な物を選んでだ。

 一つ一つに魔力を込めると、粘土の様に形を変えることが出来た。

 それを暫く続け、体内の魔力を少しずつ流していくと、何かを吸い取られるように感じてくる。

 吹き出てくる汗を拭いながら、クリスの事を思って限界まで続けていった。

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