第15話 鏡のコニーへ

 「コニー。着られた? 大き過ぎるとは思うけどどうかな?」

 そう言いながらクレールさんが階段を上がって来た。


「うわっ。服がとてもよく似合ってる。とても可愛いよ」

 顔を片手で覆い照れた様に褒めてくれた。

 赤い頬が隠れてないよ。


「美男子に褒められると嬉しいなあ~。どうもありがとう」

 私もつられて照れた。


「え!? ぼ、僕のこと美男子なんて思ってくれてたの? 本当に!?」


 あ、耳まで赤くなった。

「もちろん。ホント、はは。

『クレール』ってお名前は、地球では男女共通名だけど、女性の方が圧倒的に多い名前なんだよね。でもクレールさんは違和感ないぐらい美人さんだよ」


「あ、ありがとう……。出会いが寝巻きでボサボサのあんなのだったから、挽回しないと思ってたんだけど。思いがけずそんな風に言ってもらえて、なんか嬉しいよ。

僕の名前か……。お互いにお互いのこと、この世界のこと。これからゆっくり沢山いろんな話をしようね」


 そうだ、と言って手渡してくれたお水を飲んだ。

 レモン風味……ほう〜美味しい、染み渡る〜。


「さあ、行こっか。」

クレールさんが私に手を差し出した。


 あ、これって手繋てつなぎじゃなくて、手をぽふってお手みたいに乗せるエスコートタイプのやつだ。

 王子様シチュエーションきた~!


 善意を断るのもね、と思い素直にお手して、

「何ともない? 大丈夫」なんて会話しながらゆっくり二人螺旋階段を降りていく。


「お腹空いてるかな? 普通に食べれそう?」


「うん、むしろ空いてる。久しぶりにぐっすり眠って、スッキリした気持ちの良い目覚めだよ。

まずはお手洗いとか洗面所とかお借りしても良いかな? そのあと食事の準備を手伝うからちょっと待っててね」


「コニー。手伝いとか気にしないで大丈夫だから。ゆっくり身支度を整えてね。

でも調子良さそうでひとまず安心したよ。

昼食用に簡単なものだけど用意はできてるんだ。

エタンも昼ご飯食べに、もうじき帰ってくる頃かと思うんだけど」


「地球外料理の初体験、楽しみだなぁ~。

エタンさんにもお詫びとお礼を言いたかったから、あとで会えるんなら良かった。

そうだ、クレールさん。顔洗った後につける基礎化粧品とかって、もしも持ってたらお借りできるとありがたいんだけど……」


「ごめん。ここ女性客は泊まりに来ないからそういうのは持ってないなあ。

でも僕の髭剃った後につけるやつあるから、それで良ければ用意しておくよ。」


「ありがとうございます。ふーん、クレールさんも髭生えるんだ~」


「そりゃ生えるよ。お迎えの朝だって剃ってないから生えてたでしょう?」


「うーん? よく分からなかったよ。色味的に目立たないのかもね。エタンさんはめっちゃ髭って感じだったけど。

うん、じゃあ終わったら居間に行くからここで。ありがとうございます」

廊下の入り口で彼と分かれた。


 トイレ後、洗面所に行くと小さな籠に必要なもの全て入って、バッチリ用意されていた。

 ミニタオル、化粧水ぽい瓶、ひと回り小さなスリムな青いすりガラス瓶、ヘアブラシ、ホーローっぽいコップの中に新品歯ブラシ、小さなスプーン付きの小さな瓶、私のチョコチップ付きゴム二個、お風呂の時に借りたセルロイド風ケース入り石鹸。


 化粧水ぽいのはカミツレ草に似た香りで、化粧水で合ってると思う。

 青いすりガラスの中身はオイルで特に匂い無し、多分髪の毛用かな?

 小さなスプーン付き瓶は歯ブラシのマークが書いてあって、ミントっぽい爽やかな匂いのペーストが入っているから、歯磨き粉かな?

 ざっと把握できた。


 悪い奴ほどよく眠る、なんて言葉があるが、よ〜く寝たわ。

 私は悪い子じゃないけどね〜。


 寝過ぎて起きたとき特有の頭痛もしなくて、ホッとする。

 あまりの頭の痛さに二度寝する、不毛なことにならずに済んでよかった。

 目の下のくまも解消されたように思う。


 そして、考え事をしながら借り物たちを駆使し、黙々と身支度を整えていく。





『対話の中に情報が埋まっている』


 三年間、お店で沢山のお客さんと話してきて、つくづく実感したことだった。


 私は、もとより社交的でおしゃべりで。

 知らない人と話すのは何でもない、むしろ得意だと思っていた。

 特に初対面の人に特化すれば、かなりいい線いってるほうだと自負する。


 かといって、たくさん友達がいて誰からも愛されて人気者で、ってわけじゃ全然ない。


 まあ古くからの気の置けない友人数人、親友と呼べる子もちゃんといて、恋人も過去三人いたこともあるので、普通にそこそこ悪くないと思う。


 ボッチってわけじゃないけど、逆にボッチってわけじゃないから、人付き合いの悩みは尽きない。


 自分ばかりじゃなくて、誰しもが多かれ少なかれそんな想いを抱えて生きてるんだろうなあ、とは思うようにしているけれども。


『なんでもっと上手く接することが出来ないんだろう』

『あの人達みたいに華やかに交流できれば』

『なんだか自分がちっとも面白くもない、つまらない人間に急に感じる』


 余計なこと・嫌なセリフ・怒りに任せた売り言葉に買い言葉・浅慮な発言。

 口は災いの元ばかりなり。


 子供時代、学生時代、社会人時代と上がっていくにつれ、出会う人々の共通項がどんどん薄れて多様化してくる。


 お店のお客さまなんて、ほんと老若男女多種多様で「ケーキを買いにきた」ことのみ共通。

 目的、予算、好み、生活基盤、当たり前だが性格、全てまるで違う。


 まさに一期一会、出たとこ勝負の対人スキルアップ武者修行の日々だったように思う。


 特に自分に足りなかったのは『訊く』『聴く』。

 それこそが対話の重要な技術だと気づいた。

 『訊く』は尋ね問う事。

 『聴く』は積極的に耳を傾ける事。


 少し自分のことを話つつ、その反応で相手が何に興味を持っているか。

 もしくはいろんな話題を振り、その返答でどの話題に興味を持っているか。

 それを探る。


 月並みな言い方だけど会話のキャッチボール。

 相手が取れる球を投げる。

 好んで打ち返してくるコースに球を投げる。

 そんな感じ。


「テイクアウトのお客さん」なら、エンターテイメント性の強い接客もお互いにとって良いのだけど、「店内にてカフェのお客さん」には、まさにそのかたの時間や心に寄り添う対話が求められる。


 お店を始めた最初の頃は、話題振りと言いつつ、自分の言いたいこと喋りたいことを、垂れ流してばかりだったように思う。


 今でもそうなりがちだ。

 自分勝手で小煩こうるさいおしゃべり小猿め、と日々内省を心掛ける努力はしてる。


 目が覚めてもまだ私はにいる。


 この世界にとって私はもはや、ちょっと一瞬立ち寄っただけのイチゲンのテイクアウト客じゃない。

 下手すると帰れない、この世界でずっと生きて行かねばならないハメになるやもしれない。

 楽観視はできない。


 鏡の自分の目を見て、自分に語りかける。


 ねえ、ちゃんと気をつけなさい。


 矢継ぎ早に質問・攻め立てたりしない。

 彼らと良き関係を築くためにも、心地良い対話をしよう。

 そういうふうに話を、場の流れをもってこう。


 何度だって自分で自分に気合を入れ直せ!


 はい! それでは行きますか!






【予告 第16話 バリアフリーのリビング&ダイニング】 

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