第2話 事情聴取
僕が携帯電話で警察に連絡してから、警官が到着するまで結構時間がかかった。警察署はふもとの町から離れたところにある上に、土地勘のある警官がいなかったのだろう、山の登り口さえわからない状態だったようだ。
その間、明石は興味深げに白骨死体を見ていた。よくあんなグロテスクなものをじっくり見ていられるものだ。
鑑識課の職員と警官を数名現場に残し、僕たちは刑事に付き添われて警察署へ連れて行かれた。
取調室で事情聴取されるものだと思っていたのだが、そうではなくて、僕たちは会議室で話を聞かれた。
まず姓名を聞かれたので、僕は「
次いで現住所と職業を聞かれ、大学生だと答えると、どうしてあの山に登ったのかと尋ねられた。
「その前に」
突然明石が刑事の質問を遮り、話し出した。
「一般的に、捜査においては第一発見者を疑えと刑事ドラマなどでは言われていますが、僕たちも疑いを持たれているのでしょうか?」
「いや」刑事は落ち着いた声で答えた。「まだ遺体の死因もわかってないし、はっきり殺人事件とわかる現場の状況だったならともかく、現段階では君たちを疑う要素はないよ」
「そうですか?」明石は食い下がった。「死体の状況は、殺人を表していると思うのですが」
「なぜだい?」
刑事はいぶかしげに問い返した。
「まず被害者についてですが、中年以上の男性と思われます」
明石は持論を述べだした。こんなに雄弁な明石を見るのは初めてだ。
「結構高価な男物の時計をしていましたから。衣類はボロボロになっていましたが、派手な色ではありませんでしたので、中年よりは高齢者の可能性が高いと思われます」
僕はあっけに取られてしまった。明石が白骨死体をじっくり見ていたのは、観察して推理していたということだったのか。
「名探偵気取りかね?」
刑事は呆れたように言った。
「刑事さんだって、もうお気づきでしょう?」明石は構わず続けた。「あれを見て、病死や自殺や事故の可能性があると思いますか?」
「何に気づいたというんだね?」
「足を見たでしょう?手錠のようにフリーサイズに締め付け可能な金属の輪がついてましたよ。チェーンのようなもののかけらもついていました。おそらく彼は、足を繋がれて拘束されていたと思われます」
刑事は、もはや無言だった。
「頭蓋骨の一部が陥没していました。おそらく頭部を何かで強く叩かれて、気絶している間に足を拘束されたのでしょう。ですが、拘束していたはずのチェーンの輪っかが1個しか残っていなかった。ということは、犯人は後でもう1回現場に来て、チェーンを外したのです」
明石は勝手に立ち上がって、窓際まで移動してから続けた。
「おそらく犯人は、金属の輪ごと外したかったのだと思います。だがなぜか、それができなかった。鍵を忘れたか、無くしたか、あるいは死体の腐敗が進んでいて触りたくなかったのか。それでやむを得ず、チェーンだけを器具を使って外した。チェーンを固定していた杭も抜いて、持ち帰った」
「見事な観察力と推理力だね」刑事は作り笑いを浮かべて言った。「それで、身体拘束したまま見殺しにするという残忍な犯人像は、掴めているのかね?」
「いや、全然」特に残念そうでもなく、明石は言った。「直接の死因は、頭部に加えた外傷だったかも知れませんし、そうなると被害者が絶望しながら死んでいったとは限りません。ただ、犯人に残忍な意図があったことは確かでしょうね。ところで刑事さん、あの山のふもとの町で、過去に殺人事件が起こったことはありますか?」
「いや、聞いたことがないな。少なくとも戦後ではなかったと思うよ」
「それならば」明石は僕を指差して言った。「三上を疑う必要はありませんよ。彼の実家はあのふもとの小さな町で、親は小売店を営んでいます。彼が殺人を犯したら、店をたたんで町を出て行かなければならなくなる。村八分にされるでしょうからね。それにもし犯人だったら、わざわざ警察に通報するはずもなく、むしろ死体を埋めてしまうか、それが面倒だったら藪だらけの斜面に転げ落とすかした方が手っ取り早いですから」
・・・なんてことだ、明石が僕の容疑を論理的に晴らしてくれている。
「なるほど。で、君の方の身の潔白の証明はどうなんだ?」
「それは今のところ証明できないですね」
おいおい、自分のことは証明できないんかい?
「まあ、死亡推定日時の僕のアリバイが証明できるかどうかですね。でもあそこまで遺体が白骨化していると、かなり昔のことで正確な推定ができないかも知れませんね。それより」
明石は僕の方を向いて言った。
「あの話をした方がいいんじゃないか?」
明石が何のことを言ったのか、その時僕にはわからなかった。
「君が小学生の時に、あの山で見たものだよ」
えっ? あれが今回の事件に何の関係があると?
すると、刑事もどういうことか尋ねてきたので、話さないわけにはいかなくなった。
「今から12年くらい前のことなんですが」
僕はしぶしぶ話した。
「小学生の頃、遠足で『
僕はそれをどう表現したらいいのか、ちょっと考えてから言った。
「何の動物かわからないものが繋がれていて、それがミイラ化していたんです」
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