【推理士・明石正孝始まりの物語】神体山(しんたいさん)殺人事件

@windrain

第1話 事件


 山は異界への入口ともいわれている。


 僕の故郷にあるその山は、標高300メートルほどの小さな山だが、いわゆる「神体山しんたいさん」と呼ばれる類いのものだった。


 昔、その山の頂上には神社があった。秋になればふもとの町で収穫祭も行われた。


 しかし冬には雪が積もり、元々狭い山道やまみちの参道で除雪が困難となるため、神社はふもとに移されることとなった。そうして約20年前、ふもとに新しい神社が建設された。


 移転後も山頂の神社はしばらくの間残されていたのだが、やがて積雪の重みと老朽化で屋根が剥がれ、床が抜け落ちるという状態になったため、正式に解体されることになった。


 その後、山頂の神社は跡形もなく解体され、今では跡地の石碑だけが残っている。




 その山の正式名称は「富越山とみこしやま」。でも地元では「御山おやま」と呼んでいる。


 僕が小学校低学年だった頃、ちょっとした遠足でその山に登ったことがある。近場とはいえ、小さな子どもには結構きつい山道だった。


 その頃はまだ解体前の神社が残っていたが、床は落ちていたし、外廊下の板も折れていたのを覚えている。引率の先生は、危ないから中へ入らないように言ったが、そういう所へ入ってみたくなるのが子どもというものだ。


 僕がその時に見たものを、なぜ今頃になって思い出したのかは、実はよくわからない。ただ、そのことをあいつに話してみたんだ。


 あいつはちょっと変わったやつで、口数は少ないし、人付き合いもあまりない。表情に乏しく、陰で「人造人間」などと呼ばれていたりもする。

 ただ、結構頭のいい奴なんじゃないかということは、話しぶりからそこそこ感じ取れた。


 僕は頭のいい奴は嫌いじゃない。それで、あいつが何に興味を持っているのか知りたいと思い、いろんな話を振ってみたんだ。あいつは滅多に自分のことを話さないから。


 僕があの山のことを話したのは、たぶんそういう経緯いきさつからだったと思う。


 意外なことに、あいつはその話に興味を持ったようで、その山に登ってみたいと言い出したんだ。


 観光地として整備された山じゃないぞ、たぶん今は誰も登らないような山で、山道も藪だらけになっているんじゃないか、と言ったが、それでもあいつは登ってみたいと言うんだ。


 それで連休を利用して故郷へ帰り、その山に二人で登ってみた。


 でも山道の入口で早くも後悔したよ。「熊出没注意」なんていうイラスト入りの立て看板が立っていたんだ。


 案の定、山道はやぶだらけで、下手すると何年も誰も登ってないんじゃないかと思うほどの悲惨な状況だった。僕たちは藪を刈りながら進まなければならず、道にも迷いかけたが、幸い「神社跡地」を示す標識があったので、なんとか迷わずに済んだ。


 移動距離は1.5キロメートルくらいだったろうか。山頂に到着するのに1時間以上かかってしまった。


 そこには山頂を表す杭と、少し離れたところに「富越とみこし神社本殿跡地」の石碑が建っていた。


 僕がその石碑に触れたとき、その後ろの方に何かくすんだような白いものが見えた。何だろうと思って覗き込んだ僕は、危うく心臓が止まるかと思った。


「樹木が整備されていないから、山頂なのに景観が悪いな」


 あいつはふもとの方を見ながら、のんきに言った。


「あ、明石っ!」僕は腰を抜かしそうになりながら、あいつに言った。「はっ、白骨死体だっ!」


 あいつ、明石正孝あかしまさたかは僕の方に振り返った。その顔は、何だか少し微笑んでいるようにも見えた。

 

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