春のお話・其の三


五月二十日

最近雨が続いています。


梅雨に入った。梅雨に入ったとしーちゃんは母からそんな言葉を聞いた。気象予報士からそんな言葉を聞いた。教室では馬鹿の一つ覚えみたいに梅雨って言葉が口々に言われている。

梅に雨でどうしてつゆと読むのだろう。国語の先生も教えてくれなかった。梅雨の話をして、洗濯物が乾かないとか、気分が落ち込むとかいって、肝心の事を言わないのだった。

「ねえたかい。梅雨ってどうしてつゆって読むの」

「しらない」

たかいも不機嫌そうにぼくから顔を逸らした。どうして誰も教えてくれないのだろう。彼は梅雨の語源がとてつもなく気になったが図書室のパソコンでわざわざ調べに出かけるのも嫌だった。

「雨、続いてるね」

「ねえ、毎回言ってるけど授業中はあんまり話しかけないでよ」

「そんなに言ってないよ」

「うるさい。一回で言う事を聞け」

「五月病なの?」

「何よそれ」

「これくらいの時期に気分が落ち込んじゃうのをそう言うんだって」

「またつれが言ってたの?」

「そう」

頬杖をついて彼女はため息をついた。目を細めてしーちゃんを見る。しーちゃんはたかいの奥にある窓を見る。窓には水滴が付着していて、それが垂れていく。濁って見えづらくなった窓から灰色の街並みが見える。

「ねえ、どこか遊びにいこっか」

しーちゃんが何となく言うと彼女は頬杖をやめた。

「ほんと?」

「うん。五月病は歩けば治るって」

「またつれ?」

「いいじゃん。いこう」

「やだとはいってないでしょ」

彼女はまたそっぽを向いた。

「明日行こう」

「明日は学校だよ」

「いいじゃんそんなの」


放課後になって二人して下駄箱の靴をとって玄関を出た。

彼女はあの時以来何となく笑顔だった。しかし彼はそれに気づくことはなかっただけれど。まあ、それは些細なことだ。

帰り道、水たまりを彼女が踏みつけてその飛沫が彼にかかった。最初は偶然起こったことだと彼は思ったが、彼女がそれをあまりに繰り返すものだから彼も辛抱たまらなくなって水溜まりを足で踏みつけた。彼女は笑った。どうして笑うんだよ。ぼくだけ怒ってて理不尽じゃないか。たかいは服が汚れてもいいのかよ。理不尽だ理不尽だ。あれ、でもぼくが怒らなかったら公平なのかな?


   *


次の日になって、二人はランドセルを背負ってそのまま映画館へ行くことになった。

映画館は学校からも遠く、夷隈川を渡って、その向こうにあった。家から自転車が消えたら不自然だし、仕方がないから二人して歩いて行くことになった。

夷隈川は結構大きな川で、これはそのまま日本海へ流れていると言う。ここら辺の高校生はマラソン大会で川を下って日本海まで走るらしい。川沿いの道を歩いていると傘がぶつかる。道も狭いし。彼はだったら一つの傘に二人で入ろうかと思ったがなんだか恥ずかしくてやめた。

「しーちゃん。面白い話してよ」

「面白い話なんてないよ」

「じゃあ面白くなくてもいい。我慢する」

「我慢しないでいいよ」

どうして、ぼくがそんな頑張って話を振り絞らなきゃいけないんだとしーちゃんは思った。

そもそも、彼にはこの年の少年に珍しく話すべき話題があまりなかった。徒とばかり遊んでいるから、どうしても話すとなると徒との話ばかりになってしまう。でも一つそれ以外で思い当たる事があってそれを話した。

「そういえば、お化けみたいな女の話って知ってる?」

「お化けみたいな女?山にいる?」

「そう。ぼくこの前会ったんだよ」

「嘘。だって会ったら食べられちゃうんでしょ」

「ぜんぜんそんな事なかったよ。変な事ばっかり言ってたけど」

「ねえ、それってどんな奴だったの?」

「そうだな、足が丸出しだった。あと髪がぼさぼさだった」

彼女は興味深そうに頷いた。

「怖かったよ」

「えー、でも聞いた感じぜんぜんそうは思えないけど。やっぱりにせものなんじゃないの?」

「お化けみたいな女のにせもの?」

「そう、にせもの」

彼女は水溜まりを蹴った。

「ねえ、やっぱり別の話してよ」

しーちゃんは我慢した。というよりどうすればいいか分からなかった。

たかいはもっと真面目な奴かと思っていた。授業だって真面目に聞いているし、それに学級委員もしてる。宿題だってしっかりやってくるし、字が綺麗だ。先生にも結構褒められているし。


映画館についてからもたかいは変わらなかった。相変わらずぼくにばっかり話させる。少しは自分の話をしたらいいのに。そう言ったら『やだ、しーちゃんの話が聞きたい』と彼女はしきりにそう言うのだった。

映画のチケットを買った。ドラえもんとか、コナンとかがやっていたけど、彼女は何となく見たくないなんてわがままをいって、ぼくらはなんかよく分からない日本の映画を見ることにしました。でも、その映画はR 十五とか、指定がついていて親が同伴しないと見れないとスタッフさんに言われました。

「あれー、どうしたのん。上映が始まっちゃうよー」

不意に声がしてしーちゃんとたかいは後ろを向いた。そうしたら例のお化けみたいな女がいた。

「どうしたのよー、そんなお化けを見る様な顔をしてー」

相変わらずのホットパンツに訳のわからないTシャツ。でもサイズ調整がピッタリだからか身体の線はあらわになっている。胸にはでっかく" 【Que Sera, Sera 】とある。

「しーちゃん。こういうやつはアバズレって言うんだよ」

「なに、そこのちっちゃいの。しーちゃんの彼女?」

「そんな訳ないじゃん」

しーちゃんが答える。

「あっそ。ねえしーちゃん?あたしの名前は覚えてるよねえー」

「アマキ・コトノ……」

「よかった。覚えててくれたんだ」

どうして。覚えててくれたなんて、それじゃあまるでぼくなんかに名前を覚えられていたのが嬉しいみたいじゃないか。こんな奴、ぼくのことなんか気にしないんじゃないのか!あれ、これじゃあぼくが彼女に名前を覚えられていたのが嬉しいみたいだ、どうでもいいのに。

たかいは見ていた。目の前でそんな言葉をお化けみたいな女から吐かれてしーちゃんの顔がみるみる赤くなっていくのを。そっか、確かに偽物じゃない。こいつはお化けみたいな女だ。

「お化けなんてー酷い言われようじゃない。もっと可愛くてピーキーな名前をつけてよねえ?しーちゃん」

「うるさい!早くしーちゃんから離れろアバズレ」

「はあー、チビがなんか言ってるけど、どするのしーちゃん」

「ねえ、どうしてあんなふうに馴れ馴れしいのしーちゃん、もしかしてあのアバズレと仲がいいの」「そうですよ?しーちゃんはあたしの親友なのです。どこぞのチビとはちがってね」「チビじゃないし。私はこれから大きくなるんです。あなただって大人の癖して子供みたいな服着てダサいじゃない」「あーあ、これだからチビは。あたしは自由にやるのが好きなの。ねえあんたはぶられてるでしょ」「ねえ、しーちゃん何とか言ってよ」「そうよしーちゃん。トドメをさしてやりなよ。こんなチビはタイプじゃないってさ」「しーちゃん」「しーちゃん」


「もうやめてよ、二人とも。アマキさんも同じ映画見るんでしょ。保護者同伴じゃないと見れないんだって。上映始まっちゃうから早く行こうよ」

沈黙が垂れた。

アマキ・コトノは消え入る様な声でなんだ、とりなしうまいじゃない可愛くない子と言った。

そんな訳でなんとなく三人で映画を見ることになった。

どうしてそもそも映画館に来たかと言うと、よく徒と行っていたからだ。徒はいろんな物を見た。ポケットから携帯電話を出して二人分のチケットを買い、相変わらず手ぶらでシアターに入っていくのだった。

やっぱり彼が手に何か持ってる所を見た事がない。


アマキ・コトノはあからさまにぶっきらぼうな顔をして、たかいは相変わらず無表情で、しーちゃんは困り顔でシアターに入る。


五月二十一日

映画をたかいとアマキ・コトノと三人で見ました。映画の内容はよくわかりませんでした。三時間くらいあって長くてとちゅうで何回か寝ました。家族の人と、恋人の人と、知らないおじさんと、なんだかよくわからない会話をしておじさんと女の人がはだかで身体を触り合っていました。その時隣のたかいを見たら顔を覆って固まっていました。なんだかかわいいな、と思いました。アマキ・コトノは悪そうな笑顔をしてぼくを見ていました。

人が死にました。どうして死んだのかよくわかりませんでした。人が泣きました。どうして泣いたのかよくわかりませんでした。最後に綺麗な景色が沢山映って女の人が笑いました。どうして笑ったのかよくわかりませんでした。

結局ほとんど分からなかったのですが、エンドロールの人の名前が流れているのを見ていたらなんだか満足しました。その時にはたかいはぐっすり寝ていました。アマキ・コトノは泣いていました。ぼくは少し驚きました。だってアマキ・コトノは大人で泣いたりしないと思っていたから。アマキ・コトノは本当に傷ついたみたいに泣いていました。


映画館から帰ると、すっかり日が暮れて、家に帰る頃には二人が絶対に怒られることは確実だった。それをまず最初に考えてしーちゃんは落ち込んだ。

「なに落ち込んでんのよ」アマキ・コトノが言った。

「だって帰ったら怒られちゃうよ」

「ふーん、まあそうだろうね。歩いて帰ればね。その限りじゃないなら怒られないかもよ」

「どういうこと?」

「ちょっと待ってな」

アマキ・コトノはしーちゃんとたかいを置いて映画館の出口で電話を耳元に当てた。遠くから声が聞こえてくる。もしもしダーリンあたし。ねえ今からちょっと迎えに来てくれない?生沙の映画館にいるんだけどさあ。お願いだから。ねえほら、帰ったらさ、ね。じゃあよろしく。

「ほらボウズども、帰るよ」

「ねえ、どうして急に口調変わったの」

アマキ・コトノは舌打ちした。

「うるさい。雰囲気だよ」

「やっぱりバカなんだよこの人。さっきのだって身売りしてたんだよ」

「はあ、そんな事言ってると乗せてやんないわよ」

「乗せてなんて頼んでないし」

「あっそう。じゃあ乗んないでね。しーちゃんだけ乗せるから」

「ねえどうしてそうなるの」

たかいはしーちゃんの方を見た。でも実際、二人は歩いて帰るわけにはいかないだろう。それにアマキ・コトノは結局乗せていくつもりだった。なんだか、大人としてそこはしっかりしようと思ったのである。喧しいかな、映画を見て絆されてしまったのであった。

そのうち車が来た。何だか無駄に古臭いピンク色のフォルクワーゲンが三人の目の前に止まった。

アマキ・コトノは躊躇いなく扉を開け、二人に入る様に促した。運転席からもごもごした男の声がした。

「うわ。子供が乗るのかよ」

「少し送っていくだけよ」

「いや、だとしたら送るのは俺なんだよ。運転手は俺なんだから」

「うっさいわね」

運転席に座っている男がこちらを振り向いた。ごてごてに装飾された趣味の悪いサングラスに長く伸びて雑にまとめられた髪。サイズの合っていないダボダボの服を着ていた。しーちゃんはダメージジーンズを履いた人を指して親のお古を後生大事に使っていると馬鹿にしていた知り合いの事を思い出した。

助手席にアマキ・コトノが座った。しーちゃんとたかいは後部座席に座った。

移動中もなんだか訳のわからない騒々しい音楽がかかっていて落ち着くことはなかった。彼曰く『音楽は楽しんだもん勝ちさ』と言っていた。だったら給食の時間にかかるクラシックは駄目なのだろうか。でも、しーちゃんとて給食の時間にかかるクラシックに大した感情を抱いている訳ではなかった。

そんな調子でアマキ・コトノの【彼】がひっきりなしに話し続けたから二人はずっと黙ってその話を聞いていた。やれ、ブラックミュージックがどうだの、邦ロックはもう死んでいるだの、たくさんのアーティストの名前が出た。【彼】は馬鹿みたいな格好をしているくせにスラスラと人の名前が出てくるなとしーちゃんは感心した。たかいはうんざりしたように座席にうなだれた。


そのうち学校周辺について『ここ』とたかいは言った。

「だそうです」アマキ・コトノがそう言って【彼】は車を停めた。

「気をつけて帰るんだぞ」

日はまだ暮れたばかりだった。これから歩いて帰れば夕飯には間に合うだろうと思った。

しーちゃんとたかいは並んで歩き出した。

遠くでアマキ・コトノと【彼】が車窓越しにそれを眺めていた。


   *


「私、はぶられてるんだ。アマキ・コトノの言うとおり」

夜道を二人で歩いていて、ふと彼女は言った。彼女から話し出すことはこれが初めてというくらいに珍しい事だった。

「私さ、先生と仲いいでしょ。勉強できてそこそこ運動だって出来るし。だからみんなからあんまりよく思われてないみたい」

たしかに、しーちゃんはたかいが他の誰かといるところをあまり見たことがなかった。でも、それを彼にいって何になると言うのだ。

「いいの、別に私は一人だってしっかり出来るから。お母さんにだって迷惑かけたくないし」

「そっか」

母のために、なんて考えもしなかった。しーちゃんにとって母は、ご飯を作ってくれる存在、それくらいしか意識したことがなかった。そもそもしーちゃんの家は放任主義的で、それに加えてしーちゃんはなんでもそれとなくやってのけるから、大した問題もなく今までやってこれたのだった。

「しーちゃんも一人だよね。それはどうしてなの。友達とかいないの?」

「昔はいたよ」

「昔って」

「昔はいたんだけど、もういいかなって」

「なんでいいかなってなったの?」

「だって、めんどくさいから。つれの方が聞き分けがいいし、おもしろい」

「でもつれは学校には来れないでしょ」

「学校は一人でいい」

「なんで。遊んだりしたくないの?」

「別にいい。帰ったらつれと遊ぶから」

たかいは黙った。しーちゃんもまた、彼女に過去の話をすることは初めてだった。

「べつに一人でいることもつまんないわけじゃないし。たかいもそうなんだろ」

雨音が響く、水たまりに雨粒が落ちてぴちゃりと、鉄柵にあたってかんかんと鳴る。黙っている。次にどう喋ればいいのか、二の句が告げない。



「バカ」

「バカって、どうして急にそんな事言うんだよ」

「しーちゃんがバカだからだよ。バカ」

「はあ?説明になってないし」

「バカ。私帰るから」

帰るなんていっても、だって帰り道は途中まで一緒なのに。そうすると彼女は、聞いていた家の方とは反対に、学校の方へ走っていった。水溜りを踏んづけて、服が汚れるのも気にせずに走って遠くまで行ってしまった。

しーちゃんは疲れていたから、彼女を追いかける気力もなかった。早く家に帰りたかった。

だから一人で歩いて帰った。


   *


家に帰って、やっぱりしーちゃんは疲れて何をする気力もなく用意された晩飯を食らい、そのうち自分の部屋に駆け込んでベットに倒れた。

部屋で徒はじっくり本を読んでいた。

「それでたかいが走ってどっか行っちゃった」

「たかい?一体何が高いのかな」

「たかい、人の名前だよ。学校で隣の席なんだよ。それがどっか行っちゃった」

「そうかい」

「ぼくと話してたんだけど、なんだか急に走ってどっかに行っちゃった」

「そうかい」

ベットに体を埋めてしーちゃんが言った。つれは椅子にもたれてまだ本を読んでいる。

「でもなんか帰ってきちゃった。やっぱり今から追いかけていくべきなのかな」

「追いかけなくても大丈夫だよ」

「どうして」

徒は暫く何も言わずに黙っていた。本で顔を隠して。


「やっぱり、追いかけてもいいんじゃないかな」

彼は顔を本に近づけてなんだか話を聞いているのか、聞いていないのかよくわからない有様だった。

「はっきりしてよ。ぼくの話に興味がないんだったらむししてよ。ぼくが真剣に話してるのにどうしてそんな適当な返事ができるんだよ!」

不意に、思っていた事が口に出た。徒はびっくりして本から目を離した。それから、しーちゃんをじっと見てにっこり笑った。

「なんで笑ってんだよ。きもちわるい」

「じゃあ追いかけようか」

「でも、今からじゃ遅いよ」

「遅いかね。君は追いかけたいんだろ?」

「そうすればよかったって思っただけ」

「遅くはないよ、遅いなんてことはない。ホラ、行こうか」

彼はしーちゃんの手を引いて外に出た。それから外に停めてある自転車に跨ってしーちゃんを後ろに座らせた。

「じゃあしっかり掴まってて」

徒は非力だ。キャッチボールのときだって姿勢がなってないし、ぼくがいない時ずっと家の中にいて本を読んでいるし。でもその時の徒は違って、なんだか逞しい気がした。力強くペダルを漕ぐ。今まで見た誰より早かった。雨とか水溜りなんか気にしないでびしょ濡れになって自転車は走った。


そうして学校に着いたけど、やっぱりたかいはいなかった。しーちゃんは意気消沈したが、ふと周りを見渡すとまだピンク色のフォルクスワーゲンが停まっていて、中では窓を開けてアマキ・コトノが煙草を吸っていた。

「あれ、しーちゃんじゃない。どうしたのまた戻ってきて」

「ねえアマキ。たかいはここにこなかった?」

「はあー、しーちゃん。あたしの事はコトノって呼んでよね」

「わかったコトノ」

「よろしよろし。たかいはね、向こうに行ったよ」

アマキ・コトノはやっぱりしーちゃんの家とは反対の方向を指差した。彼女は自分の家とは反対の方向へ走って何処へ行こうというのだろう。でも構っている暇はない、徒はまた自転車を走らせた。

ぐるぐると、徒ら息切れしながら走った。誰も歩いてない、車ばかりの道をぐるぐる。何回も走った。

しーちゃんは徒の肩にしがみつつも道にたかいがいないか隈なく見渡した。

そうしたら最後、とぼとぼと一人歩いている少女を見つけた。


「たかい!」


「ねえたかい!ぼくだよ!」

彼女は振り向く。

「しーちゃん?」

二人は見合わせた。徒は自転車を停め、しーちゃんを下ろした。しーちゃんはたかいのほうへ駆け寄っていく。それを徒は満足げに見ていた。

「しーちゃん。遅いよ」

髪の先端が濡れていた。肩が濡れていた。傘から水が滴り落ちる。彼女の悲しげな顔が見える。

「ごめん」

「やだ。遅いよ」

二人はいつもの帰り道みたいに並んで歩いた。それは誰にも邪魔することの出来ない光景であった。二人は折り返さずにまっすぐ道を歩く。

「どこに行くの」

「私の家。しーちゃんが遅いせいで嘘がばれちゃった」

しーちゃんは考えた。この先にたかいの家があるのなら、いつもの帰り道、たかいはぼくと帰る意味なんてないじゃないか。だって反対の方向に家があるんだから。だったらたかいは、ぼくと別れた後、わざわざ折り返して学校まで戻って、それから家に帰っていたの?毎日?どうして?きっとしーちゃんとてそれが何を意味するかを何となく気が付いたのかもしれない、だけどそれを抱えるにはまだ準備が出来ていない。だからしーちゃんは気付いていないふりをした。気付いていないと思い込もうと自分にうそをついたのだった。嬉しいはずなのに、煩わしい、そんな宙に浮いたような感覚がしーちゃんを覆った。

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