第11話 連絡先

 本日月曜日、また五日間連続で学校が始まる曜日だ。


「……嘘だろ?」


 嘘だろ?というのは、一般的に学生たちの言う「嘘だろ?もう月曜日……今日からまた学校かー」という軽いものではない。

 俺は土曜日七瀬さんと二人きりで出かけるという俺にとっての偉業を成し遂げた反動により、土曜日の夜と日曜日のほぼ全てが俺のことを休ませる時間となり、結果俺の土日、特に日曜日に関しては全く勉強とか読書とかをすることができなかった。

 つまり俺からすれば、日曜日は消し飛んでいると言ってもいいほどの感覚、それに対しての「……嘘だろ?」というものだった。


「……それに、だ」


 今思い出しても、土曜日の夕方、つまり七瀬さんと解散する時にはもうとにかく疲れ切っていて、思考が回っていなかったんだ……


◇土曜日の夕方◇


 七瀬さんの要望に応え、この時間になるまで七瀬さんと一緒に服を見て回った俺は……疲れていた。

 女子と二人きりで、それもこんなに長い間一緒に居るというのは、本当に俺の人生で初めてのことだ……七瀬さんには悪いがいち早く帰りたい。


「神凪くん、今日は色々と付き合ってくれてありがとね!」


「……あぁ」


「今日の一番最初の話になっちゃうけど、あのお店のプリン美味しかった?」


「……あぁ」


「……こら!」


「いっ……」


 七瀬さんは俺の両頬を軽く伸ばすようにつねったが、すぐにその手を離した。


「人の話はちゃんと聞かないとだよ!神凪くん!」


「ご、ごめん……女子と二人でどころか女子と出かけるなんてことが初めてだったから、いつもより疲れてるみたいだ」


「は、初めて……私が……」


 七瀬さんは何故か初めてというところに反応した。

 ……七瀬さんのような明るい人からすれば、高校生にもなって異性と出かけたことが無いということが不思議なんだろうか。

 帰り道、向かっていた今日の始まりの場所、学校前に着いた俺たちは、おそらくここで解散ということになる。


「じゃあ、七瀬さ────」


「あのね!神凪くん!……私も、大人数でとかはあるけど、二人きりで男の子と出かけるのは神凪くんが初めてなの!」


「え……?」


 七瀬さんみたいな男子からの人気も相当強いと俺ですらわかる人が、男子と二人きりで出かけるのは俺が初めてなのか……


「それで!あの、良かったら……今度も、また、一緒にどこか行きたいなって、思うんだけど……どう、かな?」


 七瀬さんはこちらの様子を窺うような言葉の抑揚で聞いてきた。

 ……また?

 ……今日絶命すると思っていた俺にとって、今日の七瀬さんとのお出かけは思っていたよりも楽しい思い出とはなったが。

 それでもやはり精神的な疲れは大きい。

 それをまた……となると、もしかしたら重ねがけで徐々に俺の精神が本当に壊れていく可能性もある。


「ダメだったらダメって言ってくれていいからね!」


 七瀬さんが俺の返答が遅いことを見て気を遣ってくれている。

 ……こんな優しい七瀬さんのことを見て無理だなんて言えるわけがないよな。


「わかった、また七瀬さんが暇な時があれば行こう」


「え、良いの!?本当に!?」


「あぁ、本当だ」


「やった〜!ありがと!」


 七瀬さんは笑顔になって喜んでくれている。

 ……俺が断っていたら、この笑顔が無かったのかと思うと、本当に断らなくて良かったと思える。


「あ!じゃあ、お互い日程決めるためにもっと簡単に連絡できた方が良いと思うから、連絡先とか交換しない?神凪くんが入れたメッセージアプリの!」


「確かにその方が良いか……わかった」


 俺はスマホを取り出し、メッセージアプリを起動した……が。


「……どうやって連絡先を交換できるんだ?」


「正確には友達になるんだけど……ちょっと貸して!」


 俺が七瀬さんにスマホを渡すと、七瀬さんは慣れた手つきで俺のスマホを操作して、二十秒と待たない間に。


「はい!交換できたよ!」


 俺の手元にスマホが帰ってきた。


「ありがとう」


「ううん、こちらこそ!じゃあ、また月曜日学校でね!」


「あぁ」


 七瀬さんは笑顔で俺に手を振ると、俺とは別方向の帰路に向かって歩いて行った……俺も疲れているし、早いところ家に帰って自分を休ませよう。


◇現在◇


「確かにその方が良いか……わかった、じゃないんだよ!何そんなに簡単に連絡先なんて交換してるんだ!連絡先なんて交換してしまったら……あ〜!」


 もし七瀬さんからメッセージが来たら返信しないと不自然だし、こっそり七瀬さんの連絡先を消そうにもそれがバレたら七瀬さんに嫌われたり、七瀬さんに余計な不安を与えてしまったりするから連絡先を消すなんてことはできない。

 どうして女性恐怖症の俺が女子の代表格みたいな七瀬さんと連絡先を交換なんてしてしまったんだ……

 俺は後悔しながらも、あの場面で断ったりしたらそれこそ七瀬さんに余計な不安を与えてしまう等と考えながら、学校に向かった。


「あ!なぎなぎー!おはよー!」


「……おはよう、紅葉さん」


 二日見ていないだけなのに、紅葉さんと会うのも久しぶりな感じがする。


「なぎなぎ!はい!」


「……はい?」


 紅葉さんがスマホを持った右手を俺の前に出してきた。


「連絡先!交換しよ!」


「……」


 俺は無言で自分の席へと向かい、着席した。


「なぎなぎ〜!別に私毎日電話したり返事してくれないと泣いちゃうみたいなことしないから〜!」


 返事してくれないと泣いちゃうは知らないが、毎日電話は紅葉さんなら平気でしてきそうなのが恐ろしい。


「お願い!連絡先交換し────」


「あ!神凪くん!さっき試しにスタンプ送ってみたんだけど、届いてるかな?」


「────え?」


 ……最悪のタイミングだ七瀬さん!


「……なぎなぎ?七瀬さんとは交換してるのに、私とは────」


「ちょっとトイレに行ってくる」


 俺はこの場を早いところ離れないとまずいと思い、教室の外に向かって早歩きをしたが……


「わぁっ!私が七瀬ちゃんの教室覗いた直後に目の前に神凪くんが居るー」


「し、色織先輩……!?」


 最悪のタイミングだ色織先輩……!


「ねぇねぇ神凪くん、ちょ〜っと私と一緒に二人で屋上とか────」


「絶対嫌です!」


「え〜」


 もう一つのドアから出ようにも廊下側には色織先輩が居て、後ろには紅葉さんと七瀬さん……ハッキリ言って詰んでいる。


「皆〜!前に注目〜!」


 女子生徒……確かクラス委員の人、が黒板前で大きな声を上げた。


「もう全員出席してるみたいだから、今日はちょっと早めにホームルームを始めるよう頼まれてるから始めるね〜!みんな席に着いて!」


 ……助かった、のか?

 俺たちのクラスの全員がひとまず席に着き、色織先輩は残念そうにしながらこの教室前を後にした。


「今からホームルームの時間と一限目を使って、二週間後にある体育祭の種目を各自決めていただきます!」


 ……体育祭、か。

 運動は苦手では無いから、どれになっても大丈夫────


「男女合同のものとかもあるから、みんなで協力して頑張っていこうね!」


 ……男女合同!?

 そんな、一年生の時は無かったのに……

 クラスが湧き上がっている中、俺だけがクラスの中でただただ絶望していた。

 男女合同、俺は……どうすればいいんだ。

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